※学パロ



「名字さん。突然なのですが今日の放課後、少し教室に残っていただいてもよろしいでしょうか」


クラスメートの本田くんが唐突にそう言ったのは五限目が終わった直後だった。私はおおよそ十秒ほど本田くんを凝視した後、ようやく我に返った。………え、今本田くん誰に言ったの?いや私の席に来てるんだしそもそも名字さんって言ったし間違いなく私になんだろうけど、本田くんがそんな事を私に言う理由が見つからなくて思わず私はシャープペンシルを持つ手が硬直する。

だって、本田くんたら本当にあまりにも唐突だ。確かに本田くんとは亜細亜クラスで毎日会っているけど、まともな会話をした事なんてほとんどないのにいきなり話しかけられて、しかも放課後残って欲しいだなんて言われたら驚いても無理ないと思う。一体なんでそんな事言うんだろう、そう考えてみた。残って勉強を教えて欲しいとか…いやいや、本田くん私よりずっと頭良いからそれはないや。うーん、じゃあ何か相談に乗って欲しいとか?……いや違う、私本田くんと別に親しくないし。どうしよう、さっぱり分からない。

私が黙って困惑していると、本田くんは「やはり急ですよね、名字さんの都合もありますし」なんて眉を八の字にしながら言うものだから、逆にこっちが申し訳ない気持ちになった。だ、だって本田くんたらかわいいんだもん…!しゅんとした表情に、思わず母性本能をくすぐられてしまう。


「ううん大丈夫、残れるよ」
「本当ですか!」
「う、うん」


思わず平気だと答えると、何故か本田くんは瞳をきらきらさせて「ありがとうございます!」と私の手を握り締めた。あ、本田くん意外に手大きいんだあ……じゃなくてっうわ、ちょ、てっ手ぇぇ!!


「ああ、本当に良かったです。では名字さん、また放課後に」
「あ、…う、うん」


いろいろ困惑が止まらない私を余所に、本田くんは念押しをすると何故か今まで見せたことのないくらい輝かしい笑顔で私の席から去っていった。あ、あれ…本田くんてあんなキャラだっけ?


「いやそんなまさか」
「名前、お前何菊と手握りあってたんだぜぇ」
「わ、勇洙……べっ別になんもないよ」


不機嫌な声に振り替えると、私の隣りの席の勇洙がぶすっとした顔でこっちを見ていた。え、なに怒って……ああ、そういや勇洙ってあんま本田くんと仲良くなかったんだっけ。その割りには勇洙自らよく絡んでるけど。


「放課後、菊に呼ばれたのか」
「なんだ聞いてたんじゃん」
「……行くの止めるんだぜ」
「え、なんで?」
「だってそんなの菊が月に告白するみたいなんだぜ!」
「は?いやいやいやいや何言ってるの有り得ないよ」


珍しく真面目な顔で何を言い出すかと思えば、勘違いも甚だしい。…周りに人がいなくてよかった。


「勇洙、話を飛躍させすぎだよ。大体相手本田くんだし」
「菊だから油断出来ないんだぜー!」
「意味分かんないんだけど…」


勇洙はぎゃあぎゃあうるさいけど、本田くんが私を呼び出した理由が分からないからっていくらなんでも告白は有り得ない。本田くんに失礼すぎる。試しに自分と本田くんが並んでいるところを想像してみたけど、あまりに釣り合わなさすぎて逆に笑えた。虚しい。………うん、そんなわけないや。勇洙の勝手な妄想とはいえ、一瞬でも痛い妄想をしてしまった自分が恥ずかしい。本田くんごめんなさい、と心の中で小さく謝っておいた。まあいいや、本田くんが私を呼んだ理由は未だ全く見当もつかないけど、放課後になれば分かるし。それに残念な事に、私は物を考えるのが大の苦手なのだ。

六限目、勇洙は相変わらず隣りで行くな行くなとうるさかったけど、数学の先生から「任、うるさいぞ!」と拳骨を食らいようやく大人しくなった。