「名前、ちゃんと勉強してるの?」
「え?うーん…うん…まあ」
「嘘おっしゃい!あんな成績でこれからどうするつもりなの!」


お母さんの小言を聞きながら、アイスを貪り新しく買ったパックを開ける。うーん、微妙…なんて思いながらカードを確認していると、軽く頭をはたかれた。痛い。………いや、うん。お母さんの言う事もちゃんと聞いてるし、分かる。中学三年生の受験生が勉強もせずにカードをしているのはおかしいし、その上先日帰ってきた成績表は散々なもので、お母さんだけじゃなくお兄ちゃんにもこっぴどく怒られたのは記憶に新しい。でも正直な所、私もどうしたらいいか分からないのだ。


「んー………あ!お母さん見て見て!トラップ・ジャマー二枚目出た!」
「はあ…勉強もせずにカードばっかりして本当に困った子ね」
「だってデュエル面白いんだもん。ていうかお兄ちゃんだってデュエルばっかであんま成績良くなかったじゃん」
「あなたの成績じゃお兄ちゃんの母校の童実野高校も受からないわよ」
「う……」


痛いところを突かれて押し黙る。た、確かに…。今の私の成績じゃ童実野高校は無理だろうな。……お兄ちゃんはともかく、なんで城之内くん童実野高校受かったんだろ。本田くんも。


「……ああ、そういえば名前、さっき磯野さんて人から電話があったんだけど」
「磯野?………って、え!磯野ってあの磯野さん!?な、何て?」
「あなたの娘さんの将来について瀬人様がお呼びですので今から迎えに上がります…って。よく分からないけど、海馬くんて社長だし頭良いんでしょ?勉強でも教えてもらったら?」
「嫌だよあんなイヤミストに…」


海馬瀬人、海馬コーポレーションの若社長であり世界指折りのデュエリストだ。社長はお兄ちゃんのライバルだけあって、ステータスは異常に高い。だけど確かに頭は良いけど、あんな口を開けば厭味ばかりの男に勉強を教わるなんて想像しただけて寒気がする。嫌、ていうか無理。…にしても、社長が私に何の用だろう。私の将来についてだなんて、どう考えてもめんどくさい予感しかしない。ていうか第一私の将来なんて社長には全く関係ないじゃないか。

ばっくれてしまおう、その結論に辿り着くのに時間はかからなかった。悪いけど磯野さんの相手はお母さんに任せよう。私は玄関から自分の靴を掴むと、こっそりと裏口のドアに手をかけた。


「名前様、お待ちいたしておりました。瀬人さまの命により貴女様をお迎えに上がりました」
「え、……」


私、海馬コーポレーションの人間なんてみんな大嫌いだ。お前ら人間じゃねえ。




.
.
.


「瀬人様、お連れしました」
「入れ」


海馬コーポレーションに着くと、私は最上階の社長室という一般人じゃとてもじゃないけど入れないような場所に通された。磯野さんはお入りください、とお辞儀をして私を先に部屋に入るよう促す。無理矢理連れてこられたわけだけど、社長の命令で動いていただけであって磯野さんは基本礼儀正しくいい人だ。それに比べて社長は何なんだ入れじゃねえよ呼んだのあんただろ。相変わらず偉そうなやつ。


「久しぶりだな。名前」
「お久しぶりです。何か用ですか?」
「相変わらず無粋な奴だな」
「いきなり呼び出す方が無粋じゃないですか。ていうか用あるなら自分でくればいいのに…」
「無理だ。俺は貴様と違って忙しいからな」
「私だって受験生なんですけど!」
「ふん、どうせ勉強などせずクーラーの効いた部屋の住人と化しアイスでも貪る生活をしているんだろう」
「、うっ」


えええちょっとやだ社長エスパーかよ、何で私の生態をそんな具体的に知ってるんだ!


「早速だが名前、お前成績が散々だったらしいな」
「え」
「特に英語と数学は酷いものだと聞いたぞ」
「え、何でそれ知って……」


社長の口端がにやりと吊り上がる。え、え、え。まさか。


「………お兄ちゃん」


そういえば流石に今回はあの穏便そうに見えてそうでもない兄にも相当怒られた。いやまあ確かに悪かったけどさ…この分だとクーラーとアイスの事社長に言ったのもお兄ちゃんだ。間違いない。ぎり、と歯ぎしりして仕事で出張していて今この場にいない実兄を怨んだ。なんでよりによって社長に言うの!


「で、何ですか?社長は嫌味を言うために私を呼び出したんですか。悪趣味ですね!」
「俺はそこまで暇ではない。ここに呼んだ理由はお前の将来についての話をする為だ」
「私の将来?」
「このまま運よく無名の高校へ受かったところで貴様の人生にはひとかけらの光すらない。負け組ロード一直線だ」
「ひ、ひど…!社長は私の人生をどれだけ馬鹿にすれば気がすむんですか!」
「そこでだ。名前、お前デュエルアカデミアを知っているだろう」
「…ああ、社長がオーナーしてる学校ですよね。文字通りデュエルの」
「そうだ。いいか名前、高校ではなくデュエルアカデミアへ通え」
「え…」
「俺が特別に入学許可を出してやる」


そう言うと、社長はまた偉そうにふんと笑った。え、何その良い事しましたみたいな顔うざいです。デュエルアカデミアに入学だあ?誰もそんな事頼んでないのに!


「社長、困ります!私将来デュエルに携わる仕事するって決めてる訳でもないのに…それにそれを抜きにしてもデュエルアカデミアだなんて私行けません」
「何故だ」
「え、だって私一応お兄ちゃんの……」
「奴は名前はともかく、名字はお前共々有り触れたものだ。誰も気付きはしない」
「まあ…」


デュエルは大好きだけど、私にはデュエルアカデミアに入学するなんてとてもじゃないけど考えられなかった。だってデュエルアカデミアだなんて授業はデュエルの事ばかりで普通の勉強なんてほとんどないだろうし、そうなると進む道も限られてくる。私はまだそんな事を考えられるほど大人じゃないし、それになによりデュエリストの集まる学校に通うなんて武藤遊戯の妹として面倒である。お兄ちゃんの事知らないデュエリストなんていないだろうしなあ…。確かに平凡な名字だから言わなきゃ分からないだろうけど。


「第一お前をアカデミアに入学させろと言ったのは他でもないお前の兄だぞ」
「お兄ちゃんが?」
「文句は奴に言え。俺には関係ない」
「でも社長、今お兄ちゃん仕事でいないし、第一アカデミアだなんてお母さんが許してくれな、」
「名前、お前まだぐだぐだと御託を述べる気か」
「いや御託っていうか…」
「アカデミアへの入学は既に決定事項だ。いい加減腹を括れ」


社長は机の上の書類を一枚、バッと音を立てて私の目の前に突き付けてきた。…デュエルアカデミア、入学届け?生徒名、武藤名前?ご丁寧に私の証明写真と印鑑まで。


「…という訳だ。諦めるんだな」


社長、あんた何だかんだで楽しんでるだろう。