「うわ……」
「…名前、あんたそれは酷いわよ」


中学三年生の一学期終業式。夏休み目前、受験生にとって大変重要になる今回の私の成績表は笑えないくらい酷かった。



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「………ただいま」


小声で帰宅を宣言しながら玄関の扉をそっとしめて、私は急いで二階の自室へかけ上がった。そのままベッドにダイブして鞄から取り出したのは、先ほど返却された成績表。


「これはまずい、よね」


ベッドに転がりながら、内容が変わるわけじゃないのに成績表をもう一度開いて見た。そこにはやっぱり学校で見た時と変わらないあまりに酷い成績が記されていて、思わず眉を潜める。…うん、確かに勉強はあんまりしてなかった。それ所かテスト前にも関わらず新しく発売されたパックを買ってデッキを組み直してたりしてたし、デュエルばかりしてた。してた、けど。


「ここまで悪いとは思わなかった…」


部屋には私以外誰もいないのに、思わず小さくなった。………うん、見事に国語と補助教科以外最悪だ。特に英語と数学の酷さには言葉も出ない。どうしよう…おじいちゃんは私に甘いから良いとして、こんなの見せたらお母さんとお兄ちゃんになんて言われるか…。怒られるのはもちろんだけど、もしデュエル禁止されたらどうしよう……ていうかこのままじゃ私まじで高校行けないかもしれない。行けたとしても多分最低ランクの偏差値の低い高校しか無理だ。

今になって現状のまずさに気付いたところで状況は何も変わらない。まずい。これからどうしようと一人悶々と考えていると、部屋の扉がばんっと音を立てて開かれた。一瞬びくりと身体が跳ね、手の中の成績表がぐしゃ、と嫌な音を立てる。でも直後、私の部屋にこんな入り方をする人物は一人しかいない事を思い出し、私は呆れ混じりの溜め息を吐いた。


「よっ名前!」
「城之内くん、いつも言うけどノックくらいしてよ」
「いーじゃねーか、俺とお前の仲だろ。それにしても久しぶりだな、元気にしてたか?ん?」


そう言って私を引き寄せて頭をがしがし撫でてくる城之内くん。城之内くんはしょっちゅううちに遊びに来るお兄ちゃんの友達で、自分も妹がいるからか私をいたくかわいがってくれている。私も城之内くんは好きだけど、ボディスキンシップが激しいのはちょっと嫌だ。俺とお前の仲ってどんな仲だよ。舞さんに言いつけるぞ。


「お?何だこれ」
「え?…っぎゃー!やだやだ返して!」
「おお成績表か。どれどれ…うわー名前、お前馬鹿だなー!」
「城之内くん超うぜー」
「大丈夫だって、俺も中学ん時はこんなもんだったからよ!」
「それ全然フォローになってないよ」


城之内くんは馬鹿だ。私が言うのもあれだけど、お兄ちゃんと同い年なのに割りと有り得ないくらい馬鹿だ。フォローされても正直ちょっと微妙である。


「それより城之内くん、お兄ちゃん来る前に早く出てってよ」
「なんだよ、来られたらまずいのか?」
「まずいよ。城之内くんも見たでしょ私の成績ひょ

「名前、城之内くん」


背後から聞こえた男にしては少し高い…けれど落ち着いた声に、背筋が凍るかと思った。ギギギと音を立てそうな首をドアの方に向ければ、やっぱりという感じでお兄ちゃんがいた。うちに遊びに来ると城之内くんが私の部屋に勝手に入って来るのがお約束であるように、そんな城之内くんをお兄ちゃんが連れ戻しにくるのもお約束なのである。私は咄嗟に成績表を自分の背後に隠した。


「ちょっと城之内くん、また名前の部屋勝手に入ったの?」
「へへ、わりーわりー」
「悪いと思うならしないでよ。名前だってもう年頃の女の子なんだからね」


私のお兄ちゃんは優しい。とにかく温厚で、争い事や暴力が大嫌い。大抵はいつも笑っているし、世間一般でいう所謂シスコンであるお兄ちゃんは私にベタ甘だったから何をしても怒られた記憶はほとんどない。……勉強に関してを除いては。

…とっさに成績表隠しちゃったけど、お兄ちゃんは今日が終業式である事を知ってるはずだ。あんまり意味がない。問題は、どうやって事を穏便に済ます事が出来るかだ。確かお兄ちゃんは明日からデュエル関係の仕事で一週間くらい留守にするはずだから、今日一日を乗り切ればもしかしたら見せずに済むかもしれない。そうと決まれば取りあえずお兄ちゃんと城之内くんを部屋の外に出さなきゃ。


「そういえば」


私が行動を起こそうとする直前、お兄ちゃんは私の勉強机の上に二人分のお茶が乗ったお盆を置いて、私に向き直った。……うん、なんだこの嫌な予感は。思わず後ろ手に隠した成績表を強く握る。…もしかして。


「ぼくに知れたらまずい事ってなにかな?名前」


にっこりと笑ったお兄ちゃんの顔が黒かったのは私の気のせいじゃないと思う。