今からちょっとだけ昔の話。

迷いの森でケガをしていたひとりぼっちのボクを助けてくれたのは、人間の女の子だった。人間なんて信用するつもりはなかったのに、初めてその女の子に抱き上げられたその時、ボクの身体に電流が流れた気がした。あれはボクにとって、その女の子との「ウンメイノデアイ」というヤツだったのだ。


*


「ゾロアお待たせ、仕事終わったよ。退屈だったでしょ」
「きゃん!」


おそうじのお仕事を終えたボクのマスターことほたるちゃんは、ボクをボールから出してあまり人に見せない優しい笑みを浮かべながらボクを抱き上げた。嬉しくなってほたるちゃんの首の辺りにぐりぐり額を押し付けると、首のつけね辺りをこしょこしょけづくろいされた。気持ちいい。

ほたるちゃんがおしごとをしている間、ボクはモンスターボールの中でじっとしている。待っている間はとっても退屈だけど、おしごとが終わったほたるちゃんはボクをめいっぱい甘やかしてくれるから、待つのもキライじゃない。ちょっとものぐさなところもあるけど、ボクはほたるちゃんが大好きだ。


「よし、そろそろ帰ろうか。…あの人が来る前に」


そうぽつりと呟くと、優しげだったほたるちゃんの顔が一瞬で鋭いものに変わった。ほたるちゃんが言うあの人…いや、あんなヤツはあいつでいい。あいつは絶対にほたるちゃんに近づけちゃだめだ。ほたるちゃんは着替えて鞄とボクを抱えると、そっとドアを開いた。その瞬間、ボクの鼻をカンに障る匂いが掠めた。…あれ、この匂い。もしかして。


「きゃん!」
「!ゾロア、どうかし…」

「あ、ほたるみっけー!もう帰っちゃうの?」
「げ…クダリさん、どうしてここに?仕事はどうしたんですか」
「ねえねえそんなことより昨日どうしてライブキャスター出なかったの?ぼくいっぱいいっぱい電話した!」
「そんな事って…昨日なら眠かったので電源落としてました」


出た。ほたるちゃん、そしてボクにとっての天敵登場である。この白いヤツはボクのほたるちゃんにべたべたしたり抱き着いたりするとんでもないヤツだ。ほたるちゃんがおそうじのお仕事をしてるここばとるさぶうぇいのエライヤツらしいけど、そんなのボクの知った事じゃない。ほたるちゃんはボクのマスターなんだぞ、ボク以外は甘えたりくっついたりしちゃいけないんだ!


「ほたる、今からヒマ?」
「全然暇じゃないです」
「ヒマだよね!じゃあぼくとおにごっこしよ!かくれんぼでもいいよ」
「おにごっこやかくれんぼより、まずはきちんと会話のキャッチボールをしませんか?」

「がう!」
「わ、ゾロア!」
「ううー…がうがう!」
「ひっやだ、噛んじゃやだよ!」


ほたるちゃんに近寄ろうとする白いヤツに一吠えすると、ヤツはびくりと肩を揺らして怯えたように後退った。ボク前に一度かみついたらボクのことがちょっと怖いらしい。ふふん、ざまあみろだ!


「クダリ!!」

「うわ、ノボリだっ」
「ああ、ノボリさん…お約束の展開ですね…」
「ほたる様、毎度毎度申し訳ございません!…クダリ!全く貴方は…一体何度言えば真面目に仕事をするんですか!」
「ちぇ、もうシングル二十一戦目終わっちゃったの?」
「マスターならチェックしていなさい!目を離すとすぐに仕事を放棄してほたる様にご迷惑をおかけして…」


突然現れた白いヤツと同じ顔をしたこの黒いヤツは、よく分からないけど白いヤツのキョーダイらしい。顔は同じだけど、この黒いヤツは白いヤツに比べれば全然マシだ。ほたるちゃんをどう思っているかは知らないけど、いつもほたるちゃんを白いヤツから庇っているからボクも別にキライじゃない。


「さて、仕事に戻りますよ!」
「えーぼく今からほたるとかくれんぼするのに!」
「貴方今日の分の書類終わってないでしょう!大体それ以外にも仕事は山積みなんです。きちんと業務をこなしてくださいまし!」
「でもさあノボリ、息抜きも必要っていうか…」
「クダリはしすぎです!」

「…よし。ゾロア、今のうちに逃げよう」
「きゃんっ」


ほたるちゃんとボクは言い争いを始めたヤツらにばれないようにこっそりと、その場を立ち去った。


*


「ああ…今日も疲れたな」


お風呂から出たほたるちゃんはベッドの上にぼふっと倒れ込んだ。ほたるちゃんの疲れの原因は間違いなくあの白いヤツのせいだ。ふん、次に会ったら噛み付いてやる。


「ゾロア、今日もありがとう。格好良かったよ」
「きゃうん」
「私、ゾロアがいてくれるから毎日がんばれるの。…おやすみ、また明日」


ボクもだよ、ほたるちゃん。ゆっくりと目を閉じて静かに寝息を立てはじめたほたるちゃんの胸元に身体を寄せた。ほたるちゃん、世界で一番大好きな、ボクのマスター。優しい匂いに包まれながらボクもゆっくりと眠りについた。また明日、ほたるちゃんにやさしく抱きしめてもらう事を考えながら。




「…ゾロア、おはよう」
「きゃん!」


ボクの毎日は幸せのループだ。



***

ゾロアの口調がなかなか決まらず遅くなってしまいました…。私自身もずっと書きたいと思っていたネタなんですが、日常というかワンシーンになってしまったのでまたいつかリベンジしたいです!
リクエストありがとうございました!




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