目が合った瞬間、嫌な予感はした。

今日は非番だった為、普段日中外に出れないゾロアを遊ばせる為にライモンシティの名物である遊園地に来ていた。ベンチに座り、遊び回りお疲れのゾロアを膝に載せてけづくろいをしてやっていると、黄緑の髪をしたやたら身長の高い女…いや男?と目が合った。悪寒がしたと同時、そいつはスタスタこっちに歩いてきたかと思うと突然私の横に腰掛けてきた。…え、意味分からない。何で他にもベンチ空いてるのにわざわざ私の横に座るわけ?隠しもせずに怪訝な顔を向けると、死んだ魚のような目と胡散臭い微笑みが返ってきた。あ、私この人無理だ。本能的にそう思った。座りながらちょっと後ずさると、私の態度に気付いたゾロアが私の腕の中で目の前の男に向かって威嚇を始めた。アイラブゾロア。


「ねえ」
「………」
「ねえ、キミ」
「…………私?」
「そう、キミ。…ボク観覧車に乗りたいんだけど、あの観覧車は二人でしか乗れないんだ。もしキミに連れがいなければ、一緒に乗ってもらえないかな」


私は思わず哀れみの視線を向けた。え、ヤダこの人一人で遊園地来たの?いやまあ私だって一人だけどゾロアと一緒だし、まして二人じゃないと乗車出来ない観覧車になんて間違っても乗ろうとは思わない。そして悪いがこの人と観覧車に乗る気なんてさらさらない。なんで初対面の相手とあんな密室で二人きりにならなくちゃいけなの。私は建前として一応悩むそぶりを見せてから、丁重にお断りする事にした。


「すみません。悪いけど他当たってく、
「少し混んできたね。早く行こう」
「ちょっ…ちょっと話聞いてた!?離してよ!」


信じられない。なんとこの男は私の台詞を遮り、私の手首を掴んで歩き始めたのだ。抵抗したところでこんな巨漢(縦に)に敵うはずもなく、私はぐいぐいと引っ張られるままに観覧車に乗り込んでしまった。何も知らずに笑顔で扉を閉めてにこにこ笑いながら手を降っている罪もない従業員のお姉さんを見つめながら、私は呆然と椅子に座り込んだ。目の前にはにこにこと笑いながら私を見ている男。え…何この状況…有り得ないんだけど。もう観覧車はぐるりと一周するまで地上に着くことはない。どうする。いやどうしようもない。………まあいざとなれば私にはゾロアがいるし、見たところこの男はモンスターボールを持っていない。警戒心は解かず、けどどうにもならないので諦める事にした。


「そんな仏頂面をしてないで外を見てご覧よ。美しい景色だ」
「誰のせいだと思ってるわけ?…ねえ、あんたこの観覧車に乗りたくて遊園地来たの?」
「そうだよ。ボクは観覧車が大好きなんだ。あの円運動……力学……美しい数式の集まり……」


どうしよう。なんか本当に変なのに捕まってしまった。人を無理矢理観覧車に連れ込んだ時点でおかしいとは思ってたけど、うっとりしながら観覧車について語りだすとか本気で何者だよ。言ってる事はよく分からないし…せっかくの休日なのになんで私見ず知らずの他人と観覧車なんて乗ってるんだろう。


「どうしたの?死んだ魚のような目をして」
「あんたに言われたくないんだけど。自分の目見た事ある?」
「そうツンケンしないで、警戒しなくてもいいよ。自己紹介がまだだったね。ボクはN、キミは?」
「ゴンベ」
「ボク嘘は嫌いなんだ」
「…………ほたる」
「そう、よろしくねほたる」
「それよりあんたこそ嘘嫌いとか言ったけどNって偽名でしょ」
「さあね」


奴はまた胡散臭い笑みを私に向けてきた。本名を言う気はないらしい。…私も黙っとけばよかった。うっかり本名を口走ってしまった自分を殴りたい。


「ところで、珍しいポケモンを連れているね。ゾロアは極端に個体数が少ないんだけど…野生のをゲットしたのかい?」
「まあゲットっていうか、この子が怪我してたから保護したっていうか…」
「ああやっぱり。キミあまりゲットのセンスなさそうだからどうしたのか気になって」
「…あんた初対面のくせにさっきからなんなの?喧嘩売ってる?」
「いやだな気のせいだよ。とてもじゃないけどトレーナーには見えないしね」
「それ以上言ったら足踏むから」
「怖いなあ。ねえゾロア」
「ゾロア、こんな奴見ちゃだめよ」
「きゃうん」

「ところで、お願いがあるんだけど。ボクにキミのゾロアの声を聴かせてくれないか?」
「…頭大丈夫?」
「至って正常さ。ゾロア、キミはほたるをどう思ってるんだい?」
「あ、そう。正常なのそうなの。もうなにも言わないわ」
「きゃんっ」
「…ふふ、不思議だな。彼はキミが大好きみたいだ」
「なにが不思議なのよ。ゾロアが私を好きだとおかしい?」


Nという男はどうやら人をおちょくる事が好きらしい。まるでポケモンの言葉が分かるかのような口ぶりだ。柄にもなく熱くなって言い返していると、いつの間にか観覧車が一周したようで、地上が見えてきた。私はほっとしながら、地上に着いた瞬間急いで外に出た。


「そんな逃げるように出ていかなくてもいいじゃないか。…一緒に乗ってくれてありがとう、とても楽しかったよ」
「…どういたしまして」


奴といたのはたかだか十数分のはずなのに、私は疲れきっていた。だって意味が分からない。私はゾロアと遊園地に遊びに来たはずなのに、なんでこんな…。しかもいつもならこういうタイプには敵意剥き出しのゾロアが今日は妙に大人しいし、一体なんなんだこの男。げっそりしている私が見えないのか、奴は相変わらずにこにこ笑っている。目は死んでるけど。


「名残惜しいけど、ボクもう行かなきゃならないんだ」
「どうぞどうぞ」
「ねえ、ボク達また会えると思う?」
「私の悩みを増やそうとしないでくれない」
「バトルサブウェイ…そこに行けばキミに会えるのかな」
「なんっ……あ、私の名刺!いつの間に…」


気が付くと故か奴の手にはあまり使用されずに私の鞄に眠っていたはずの名刺が収まっていた。急いで鞄の中を見たけど、他に取られたものはなさそうだ。とは言ったものの、いつの間に…。


「ちょっと返してよ!」
「いやだ。…またねほたる。ボク達きっとまた会う運命だと思うよ」
「はあ!?」


奴は私に背を向けると、何故か突然やってきたスワンナの背に乗り何処かに飛び去ってしまった。…え、え、何…本当に意味が分からない。私はくらくらする頭を押さえながら、なんとか近くにあったベンチに座り込んだ。

こうして私の貴重な休日は、Nという男により私自身も訳も分からずあっという間に過ぎていったのであったのであった。…願わくば、もう二度と奴に出会いませんように。心からそう思った。



***

どうやら清掃員はN相手だといつになく感情的になるようです。マイペースな相手にはどう対応したらいいか分からない清掃員。違うバージョンの話も書いたんですがあまりにもキャラ崩壊が酷い為お蔵入りしました。
リクエストありがとうございました!




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