私の上司であるノボリさんはかなり変わった性癖を持っている人だ。何故だかは分からないし分かりたくもないが、どうやら他人に痛みを与える事がお好きなようで私はこれまで被害を幾度となく被ってきた。初対面の挨拶の時、握手しようと差し出した手を有り得ない握力で握られた。ある時は横をすれ違う時わざと足を踏まれ、ある時は後ろから思い切りタックルされて(本人は肩が当たっただけだと言い張ってたけど)顔面を床に打ち付けた。それだけでもその行動の意味が分からなくて怖いのに、その度に分かるか分からないかくらいほんのり頬を赤く染めて私をみるノボリさんは、私にとって恐怖以外のなにものでもない。
もちろん始めはそんな理不尽な行動に納得がいくはずもなく同僚に相談してみたが、皆揃いも揃ってあのノボリさんがそんな事をするはずがないと口を揃えて言い、どれもこれも私の勘違いであるという結論で纏められてしまった。しかし唯一珍しく真面目に話を聞いてくれたクダリさんの一言に、私はそれは勘違いでない事を確信した。
「ノボリ、きみの反応を楽しんでるみたい」
私の気のせいではない。私の上司は正真正銘ドSだったのだ。
*
「ほたる様、お伺いしたい事があるのですが」
「な、なんですか」
「痛いのはお好きですか?」
い、今更ー!…私はそう叫びたい気持ちをぐっと抑えた。突然私の所に来たかと思えば、普通の人ならなら一生聞かれないような事を聞かれた。というか、今まで許可なしに散々私を痛め付けていた癖に本当に今更そんな事聞いてどういうつもりだ。
だがしかし、私には分かる。ノボリさんは恐らく私にイエスと言わせたいんだろう。ドSなノボリさんの事、もしお付き合いするならドMの女の子がいいに決まってる。…いや本当はノボリさんが私の事が好きでそんな事を聞いたのかは正直自信はないけど、とにかく私はその期待を盛大に裏切ってやる!というか私、痛いのなんて本当に好きじゃないんだからね!
「だいっきらいです!」
私は世間一般で言われる、所謂どや顔という表情を浮かべてノボリさんを見た。早く私とあなたの性癖が合わないという事実に気付いてください。無言のノボリさんに対抗し私もひたすら無言待機していると、ノボリさんはしばらくしてそうですかとだけ一言呟いた、…だけでは終わらなかった。なんとまた私の足を、ノボリさんの革靴を履いた足がグリグリと踏み潰し始めたのた。…え、えー!?どういう事なの!
「あの…痛いんですけど!?」
「それはなによりです」
「さっきの私の台詞聞いてました!?」
「ええ。もちろん」
「ならその足退かしてください!私申し訳ないですけどMなんかじゃ、」
「ほたる様、ご存知ですか。本当のドSは始めからドMの相手など求めておりません」
「え…」
「ほたる様のような方を自らの手で痛みの快感に目覚めさせる事が、わたくしにとって最高の快感なのでございます」
心なしかうっとりとした表情を浮かべたノボリさんに、私は気が遠くなるのを感じた。どうしよう私なんかロックオンされたっぽいんですけど、逃げ出したくてもノボリさんの足に踏み付けられてるせいで動けないんですけど!ノボリさんはいつものように分かるか分からないかくらいに頬を赤く染め、硬直する私の手を取り自らの頬に当てて目を閉じた。
「わたくし、貴女様の痛みに歪む表情に何より興奮するのです」
絶望した。
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ドSというより、なんだかただの変態みたいなノボリさん。どうしてこうなった…。ノボリさんには痛々しい暴力ではなく、子供っぽいかわいらしい暴力を受けたいです。ほっぺ摘まれたりとか。
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