私はまだ新米だけど、バトルサブウェイでシングルトレインの車掌を勤めている。今日もいつものように出勤してシングルトレインの運転席に向かおうとホームを歩いていると、黒いコートが私の行く手を遮った。


「ほたる様、おはようございます!」
「あ、ああノボリさん…ど、どうも」
「ああ、貴女様は今日もなんと麗しいのでしょう。蝋のような滑らかな肌や絹のような髪が朝日で輝いて言葉で表せない程美しいです!ブラボー!!」
「ヒィィやめてください!声がでかいです!大きな声で叫ばないでください!」


私に向かって跪き、ブラボーの台詞と同時に両手を広げて高らかに恥ずかしい事を叫ぶ黒いコートことノボリさん。…いつからだっただろうか、寡黙と思っていた上司がこんな事を始めたのは。最初の頃は駅員さん達もこのノボリさんの普段からは考えられない台詞と行動に目を見開いてこちらを凝視してだけど、今ではもう慣れてしまったらしく私とノボリさんに目もくれずに黙々と仕事をこなしている。

誤解しないで欲しいんだけど、私は別にシルクみたいな肌や絹みたいな髪なんて持ってない何処にでもいる平凡な女子である。じゃあ何故ノボリさんは私に向かってこんな寒い事を叫ぶのかというと、どうやらノボリさんは私の事が好きらしく(自意識過剰なのではなく、この他にもノボリさんの私に対する態度はあからさまに分かりやすすぎるのだ)、目にフィルターがかかってしまっているようである。かれこれもう一年以上、その寡黙なイメージと真面目な風貌からは想像出来ないくらい恥ずかしい事を、毎日のように私に向かって高らかに伝えてくるのだ。「貴女は気高く可憐な野に咲くスミレのようです」なんてとんでもない事を言われた日には一日鳥肌が立ったままだった。人は見かけによらないとはまさにノボリさんの為にある言葉である。


「ところで、今日はいつもより早い出勤でございますね」
「え?ああ…ちょっと早起きしすぎてしまったので…」
「ほたる様に早くお会いする事が出来て、わたくし大変嬉しく思います!」


ヤメテェェそんな仏頂面しながら乙女ゲーみたいな台詞スラスラ言わないで!!にこりともしない表情でそんな事言われても正直怖いだけである。


「…あ、あの、私そろそろ時間なので失礼しますねっ」


ちょっといろいろと耐え切れなくなってきたので、私は話を切り上げてさっさと運転席に行こうとした。しかし歩みを進めようとする私の前に、またもやノボリさんが立ち塞がる。こ、今度は何なの…!


「お待ち下さいましっ!」
「なっなな…なんですか?」
「実は今日は折り居って、ほたる様にお話があるのです」


ノボリさんが表情をクワッと強張らせながら一歩近づいてきて、またも私に向かって跪づいた。…ああ、なんか経験上、嫌な予感しかしない。しかしこの状況で逃げる事も出来ず、私は諦めてノボリさんの話に耳を傾ける事にした。


「…なんですか?ノボリさん」
「ほたる様、わたくし貴女様を世界で一番素敵な女性だと思っております」
「(世界中の女性に謝って欲しい…)」
「貴女様がバトルサブウェイに就職されてから、今日で二年と三ヶ月、十五日…わたくし、毎日想ってまいりました」


ノボリさん今さらっと気持ち悪い事言わなかっただろうか。私がバトルサブウェイに就職して二年と…なんだって?私だってそんな事覚えてないのにどうしてそんな詳しく知ってるんだろう。本能的に恐怖を感じて身震いした。


「想っているだけで幸せな毎日でしたが、わたくしもう自分の気持ちを押さえられないのです」
「……………といいますと?」
「率直に申し上げます。ほたる様、わたくし貴女様を心の底から深くお慕い申し上げております!結婚を前提にどうかこのノボリと真剣にお付き合いしてくださいまし!!」
「えっ!?」


ノボリさんからの突然の告白に、正直目が飛び出るくらいおどろいた。ノボリさんが私を好きだって事は分かってたけど、今までは美しいだの愛らしいだのいうだけだったので、こうして直接的に告白されたのは初めてなのである。


「えっ…えっと、その…私、」


どっどうしよう…私ノボリさんの事そういう対象としたみた事ないし、そもそも今誰かと恋愛なんてする気ないのに!だからノボリさんとお付き合いする気も全くないのだが、かといって上手い断り方なんて思い付かない。変な事言って厄介事になっても困るし…。私はすっかり困り果てて、言葉を発する事も出来ずにこれからどうしよう何て言おうと一人おろおろしていた。

その時である。


「よっ待ってました!」
「ノボリさん、遂に愛の告白ですか!」
「ほんと、毎日毎日もどかしかったですよ!ようやくカップル成立ですね!」
「おめでとうございます!」


…………え?

それまで黙々と仕事をしていたはずの駅員さん達の横槍に、私は一瞬頭の中がフリーズした。いやいやいや、ちょっと待ってくれ。カップル成立?おめでとう?………っえ!?私まだ返事してないんですけど!?


「あ、あの…!」

「お二方、お似合いのカップルですよ!」
「おい誰かクダリさん呼んでこいよ。未来の義姉が決まったんだぜ」
「ならいっそ一斉放送かければいいんじゃないのか」
「はは、ここまで長かったなー!」


いやあああどうしよう!なんか勝手に私ノボリさんと付き合う事に、しかも義姉って結婚んんん!!突然のとんでもない事態に私の頭は容量を大幅にオーバーしてしまい、否定したいのに顔を(恐らく)青くして口をぱくぱく動かす事しか出来ない。そうして呆然とたちつくす私の手を、ふとノボリさんが跪づいたまま両手でしっかりと握りしめた。ああ、もう本当に今まで以上に嫌な予感しかしない…。


「ほたる様、ノボリは世界で貴女様を一番愛しております。わたくし必ず貴女様を幸せに致します!」
「いや、あの…!」
「わたくしとほたる様の輝かしき未来、結婚に向かって出発進行ー!!」


ノボリさんに抱き上げられながら、私はもう今何をしようと無駄だと悟った。出発進行しないでください…!という切実な叫びは周りの盛大な歓声により掻き消され、私の口の中に消えていった。

さようなら、平凡な日々よ。


***

テンションが高い…というよりは、我が道を行くマイペースノボリに。ブラボー!!にテンションの高さらしさを詰め込みました。(?)こういうテンションのノボリ好きです!

リクエストありがとうございました!





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