「ほたる、好きだよ」


これはもう、ミクリの口癖のようなものだった。確かに私達は恋人だし、お互い好き合ってるから一緒にいる。だけど照れ臭くて気持ちを素直に言えない私に対して、ミクリは何かあればすぐに好きだよ、や愛してる、だなんて気持ちを簡単に口にする。…相手に対する気持ちって、たまに聞くから新鮮でときめくのではないだろうか。あまりにも何度も何度も言われると安っぽいと感じるのは私だけなの?


「という訳でミクリ、暫く私に好きっていうの禁止ね。あと愛してるもだめ」


そう言った時のミクリの反応はなかなか傑作だった。間抜けに口をぽかんと開けて読んでいた雑誌を手から滑り落とすミクリなんて、滅多に見られるものじゃない。


「…困ったな、いきなりどうしたんだい?」
「ミクリは私に好きとか愛してるとか毎日毎日どれだけ言ってると思う?」
「思った時に思った数だけ」
「私、嫌なの。好きっていう気持ちは特別な時にだけ聞きたいの」


そう言うと、ミクリはちょっとだけ眉間に皺を寄せた。普段から肌の手入れに余念がないミクリがこんな皺が増えてしまいそうな表情をするのはすごく珍しい。


「私は君が好きなのに、その気持ちを口に出してはいけないのかい?やれやれ、私の恋人は随分意地悪だね」
「私間違った事言ってる?」
「ああ。少なくとも私にとってはね」


落ちた雑誌はそのままに、立ち上がってソファーに座っている私の真横に腰掛けたミクリは、両手で私の肩を掴んで諭すような目で私を見た。


「いいかいほたる、君が毎日必ずしている事はなんだい?」
「毎日必ず?…仕事とか?」
「呼吸だよ。いいかい、私にとって君を好きだという気持ちを口にする事は、呼吸と同じなんだ」
「…は?」
「呼吸をしなければ人間は死ぬ。つまり、君に気持ちを伝える事が出来なければ、私は死んでしまうよ。私が死んでしまっては嫌だろう?」


巷じゃ水のアーティストなんて言われているミクリは、その名の通り芸術家だ。芸術家のように何かに秀でた能力を持つ人間の思考回路は一般人とは違うと言うが、今のはそういう事なんだろうか。気持ちを伝える事が、呼吸?呼吸、すなわち気持ちを伝える事が出来なければ死ぬ?私は極々普通の一般人である。ああそうだねと頷けるはずもなく、生憎ミクリの言いたい事を汲み取る事は出来なかった。


「…言ってる意味がよく分からないんだけど」
「私が死んでもいいのかい?」
「いや、それはよくないけど」
「なら決まりだね。さっきの話はなかった事にしよう。ほたる、愛してるよ。私を生かせるのは君だけだ」


そう言って私を抱きしめるミクリの温かさを感じながら、私は悟った。多分もうミクリには何を言っても無駄だ。何故ならば、私には私にしか出来ないミクリを生かすという義務があるらしい。…ああ、うんそうだね。ミクリだもんね。優しく抱きしめられながら、私は半ば諦めて呟いた。


「私も愛してるよ…」






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