クダリくんは単純そうにみえて結構面倒くさい性格をしている。普段は人懐っこくて、空気は読めないがいつもにこにこ笑ってるから割と周りから好かれやすい人なのに、何故か私に対してはそれが適用されないのだ。
「クダリくん、映画の試写会のチケットもらったんだけど一緒に行かない?」
「やだよ。なんでぼくがほたると映画行かなくちゃ行けないの」
「はあ…」
「それにぼく休みなんてほいほい取れないし、きみと違って忙しいんだよね」
誤解がないよう言っておくが、私はクダリくんに嫌われているわけではない。それどころか一週間前にお付き合いを始めてちょうど一年が過ぎたところだ。始めの頃は付き合っているのにこんな態度を取られ悲しかったし、動揺したりもした。だけどこの態度はむしろクダリくんが私を好いているからでなのである。これは付き合い始めて一ヶ月くらいたった頃に気付いたのだが、クダリくんは何故か私に対してのみ所謂ツンというやつを発動させてくるのだ。ツンというのは思っている事と言っている事が真逆な事であり、つまり今も映画の試写会にだって本当は行きたいと思っているんだと思う。ノボリさん曰く、クダリくんは私を前にすると照れやらなんやらで素直にそう言えないらしい。
けど一年もたてばクダリくんの性格、ならびに扱い方も徐々に分かってくる。こういう状況に陥った時、クダリくんに必ずイエスと言わせる作戦を私は既に習得済みだ。私が心得た作戦事その一、クダリくんがツンな態度を発動した時は、速やかに話を繰り上げこちらから引く事。
「そっか。じゃあいいや」
「え、」
「トウコちゃんもこれ見たいって言ってたから誘ってみるね。忙しいのにごめんねー」
すると面白いくらい目を見開いたクダリくんが踵を返そうとした私の服の袖を掴んだ。やだなあ伸びちゃうでしょ。だがしかし、作戦は順調である。
「どうしたの?」
「ちょ、ちょっと待ってよ。ほたるはぼくと行きたかったんじゃないの?それなのにトウコでいいの?そんなに早く切り替えできちゃうものなの?」
「だってクダリくん行けないんだから仕方ないじゃない?チケット捨てるのは勿体ないし」
「だ、だからって…もう少し粘ってみるとか、休み取ってもらうよう頼んだりとか、」
「クダリくん、忙しいんでしょ」
「、う」
その二、クダリくんが言葉に詰まってどんなに悲しそうな顔をしても、放置する事。ここで助け舟を出してはいけないのだ。私も一緒になって固く口を閉ざしてしばらくすると、クダリくんの目から涙が滲みはじめた。
「うっう、うー…」
「クダリくんどうしたの?」
「だっ…だって、ほたるが、ひっぐ」
「私がどうかしたの?」
その三、目から涙をぼろぼろ流すクダリくんの頭をぎゅっと抱きしめてやる事。そうすれば、ほら。クダリくんも嗚咽を漏らしながら私にぎゅうぎゅうと抱き着いてくる。ここまできて、ようやくクダリくんのツンはデレに変わるのである。
「落ち着いた、クダリくん」
「…うん」
「どうして泣いちゃったの?」
「だって、………あの、きっきき、きみがどうしても……っなら」
「うん?なに、聞こえなかった」
「っきみがどうしてもって、いうなら!ぼく、休みもらえるかノボリに聞いてあげても、い、いいよ!」
「本当?ありがとうクダリくん」
「…べ、べつに」
「でもどうして?忙しかったんじゃないの?」
作戦はうまくいったけど、目を真っ赤にするクダリくんにきゅんとしたので更に追い撃ちをかけてみた。でかい図体に似合わずおろおろとうろたえるクダリくんは可愛い。
「クダリくん?」
「……そ、その映画、…ず、ずっと見たかったんでしょ」
「…まあ」
クダリくんは確かに面倒くさいし、たまに私の事好きじゃないんじゃないかって考える事もある。けど一ヶ月も前に私がぽつりと呟いた一言を覚えている辺り、やはり私はこの人に愛されているのだと思う。…多分。そんな私もなんだかんだでこの面倒くさいクダリくんがとても好きなのだ。