「また書き直しだそうですよ」


唐突だが、私は私の上司に好かれていない。それどころか多分もの凄く嫌われている。ふん、と鼻で笑った上司は、私が必死に書き上げた書類を投げつけてきた。


「全く…こんな報告書でアポロが納得するはずがないでしょう」
「…申し訳ありません」
「謝罪は聞き飽きました、アポロから咎められるのは貴方の上司である私なんですよ。とにかく書き直しなさい、今すぐここで」
「……はい」


私はランス様の仕事用デスクの横にある小さなテーブルの椅子に腰掛けた。普段はランス様の資料置き場に使われているが、いつの間にか私が報告書を訂正するための場所にもなっていた。私としてはしたっぱの仕事場で作業したいのだが、一人で書かせてはまた再提出を要求されるものになりかねないとランス様が許してくれないのだ。

これだけなら、私が出来の悪い部下だからランス様は叱っている、という風にしか思わない。では何故ランス様が私を嫌っていると思うのか。もちろん私の仕事の出来が悪いというのもあるけど、一つ納得がいかない事がある。私の直属の上司であるランス様は私の報告書を事前に見ているはずなのに、どうしてかその段階で駄目出しをせずにアポロ様に提出してしまうのだ。しかも一度や二度ではなく、毎回。わざとアポロ様に私の悪い印象を与えるためかもしれないと、最近思うようになった。


「ランス様、出来ました」
「見せなさい」


ランス様は私から書類を引ったくり、どんな些細なミスも見逃さないとでもいうように、舐めるようにじろじろと細かくチェックを始めた。なんていやらしいんだろう。嫌な感じ。いやらしいのはあんたの腰とケツで十分です。


「ふん、相変わらずの出来ですね。…まあ、今回はこれで良しとしましょう。下がりなさい」
「ありがとうございます」


やった、終わった。態度には出さないように、私は心の中でガッツポーズを決めた。これでようやく寝れる。私は丁重にお先に失礼します、と挨拶をしてそそくさとランス様が次の言葉を言う前に逃げ出し、急いで自室を目指した。

しかし、ランス様の仕事場を出てほっとしたのもつかの間。小走りをして自室へ向かっていると、なんと私の正面からロケット団最高幹部であるアポロ様が歩いてきたのだ。アポロ様は普段したっぱが簡単に会えるようなお人じゃないのに、なんで今こんな所に…。ようやくランス様から解放されたと思ったら、とんだ災難だ。まあでもアポロ様は私がランス様の出来の悪い部下のほたるであるという事を知らないのが唯一の救いである。私は立ち止まり、お疲れ様ですと頭を深々と下げ、速やかにアポロ様の横を通り抜けようとした。のに。


「待ちなさい」
「、…はい」
「お前、ほたるでしょう。ランス班の」
「えっ」


あろうことか、アポロ様に呼び止められてしまった。しかも、え、嘘。なんで最高幹部であるアポロ様がしがないしたっぱである私の名前なんか知ってるの?どうしよう、まさか私そんな出来が悪い事で有名なのか。


「一度会ってみたいと思っていたんです。お前の報告書、毎回素晴らしい出来ですよ」
「もっ申し訳ありま………え?」


咎められると思っていた私は耳を疑った。報告書の出来がいい?私の?…まさか、あんなに書き直しさせられているのに。恐らくアポロ様は私と誰かを勘違いされているに違いない。訂正をしておかなければ後々厄介である。


「お言葉ですが、アポロ様」
「なんですか」
「報告書の件ですが、他のしたっぱと勘違いされているのではないかと…」
「勘違い?」
「私は毎回…とまではいきませんが、お恥ずかしい話、頻繁に報告書を再提出しています。今も手直ししてきたばかりです」


そう言うと、アポロ様は僅かに目を見開いた。自分からこんな事を言うなんて情けない。けど、アポロ様に私が出来る部下だと勘違いされたままだと困る。もしランス様の耳にでも入ってしまったら、「思い上がるな」と冷たく罵られるに違いない。しかし落ち込む私を見て、何故かアポロ様は不思議そうに首を傾げていた。


「おかしいですね。私はお前の報告書を再提出させた事などありませんが」
「え?」
「しかも今日手直しをしたというものは、まさか現在計画を進行中のヤドンのしっぽの密売の件についてですか?」
「そうです」
「あの報告書も良く出来ていましたよ。ランスにもそう伝えたはずですが」
「え、」


さっきランス様はヤドンのしっぽ密売計画の報告書をアポロ様に咎められたと言っていた。…どういう事?なんでこんなに二人の言うことが食い違ってるんだろう。訳が分からない。私が一人うんうん唸っていると、アポロ様はふっと笑って「…ああ、なるほど」と意味深に呟いた。なるほどって、何が。


「ほたる、ランスを恨まないでやってください。あれは素直じゃありませんからねえ」
「え?」


アポロ様はなにか一人で納得して、一人で笑っている。意味が分からない。


「明日ランスに会ったら私に会って報告書を褒められたと言ってやりなさい。面白いものが見れますよ」
「は、はあ…」
「実施した結果の報告を命じます」
「え、ええ!?」


非常に気は進まないが、アポロ様に報告を義務付けられてしまった手前仕方なく、私は次の日訳の分からぬままランス様にアポロ様に言われた事をまるっと同じに聞いてみた。でもまさか、聞いた途端に報告書ファイル(※分厚い×五冊)を投げつけられるなんて、想定外もいい所である。でもその時見えたランス様の耳が赤かったのは私の気のせいだろうか。まあ、一人痛みに悶える今の私には知るよしもないけど。






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