お父さんが仕事の関係で、私達が住むこのイッシュ地方からは遥か遠く離れたジョウト地方へと転勤する事になった。名前しか聞いたことのないような場所への転勤に私は驚いてしまったけど、お父さんとお母さんはもともとジョウト地方の出身だからむしろ喜んでいたくらいだ。

そんなお父さんとお母さんはもちろん私を連れていくつもりでいたらしいが、生憎私は生まれも育ちもイッシュ地方のサンヨウシティである。ここを離れる気なんてないしバイトもあるから、悪いけど着いていくつもりはさらさらなかった。その事を伝えると、もちろん始めは反対されたし大喧嘩した。でもどんな説得にも私が一向に折れない為、ついに二人も諦めたらしい。私は一人このサンヨウシティに残る事を許されたのである。


「ハハコモリ、しばらく二人きりだね」
「ハハーン」


今日は両親がジョウト地方へと旅立った初日。賑やかな三人家族からいきなり一人になってしまったけど、私にはパートナーであるハハコモリも一緒だし全然平気だ。むしろ初めての一人暮らしにわくわくしているくらいである。とりあえず今日はバイトは休みだし、掃除をして買い物に行って夜ご飯を作ろう。一人暮らしだからこれからはみんな自分でやらなくちゃいけないんだ。

気合いを入れてソファから立ち上がったその時、玄関でピンポォーンという間延びしたチャイムが鳴り響いた。来客である。そうだ、これからは来客をもてなすのも私の仕事なのだ。…まあでも今日は友達と約束もしてないし来客なんて滅多にないし、どうせ宅配便だよね。勝手にそう決め付けた私は伴子を持って相手も確認せずに扉を開けた。するとそこには、私の予想とは違いきっちりとスーツを着込んだ物凄く長身で三白眼の男の人が立っていた。てっきりいつもの宅配便のお兄さんが立っていると思っていた私は思わずたじろいでしまった。…誰だろう。顔綺麗だし服はスーツだし、なんかホストみたいだ。


「…あの、どちら様ですか?何かご用でしょうか」


私が話し掛けると、そのホストの人(仮)は目を見開いて、ぶるりと身震いをした。何かを堪えるようにして口元がわなわなと震えているけど、ホストの人は黙ったままなかなか言葉を発さない。…なんだろう。もしかして体調でも悪いんだろうか。


「あの…?」
「…恐れながら質問させて頂きます。貴女様はほたる様、でしょうか」
「そうですけど…」
「おお…!」


歓喜を含んだのその声は押さえられなかったのかとても大きいもので、一瞬心臓がどくりと跳ねた。えっ私がほたるだと何かあるの…?何かしたとか?私はなんだか怖くなって、恐る恐るホストの人の顔を覗き込んだ。…が、私の想像とは裏腹に、ホストの人は顔を真っ赤にしていた。…え?


「…お嬢様、」
「は?」
「ああ、お嬢様…わたくしの、ほたるお嬢様!」
「はああ!?」


ほたるお嬢様!?呼び慣れない呼び方に動揺していると、ホストの人は瞳を潤ませながら、何故か恭しく私の前に片膝をついてひざまずいた。それだけでも驚きなのに、ホストの人はその体勢のまま呆然立ち尽くす私の手を取って握りしめると、そっと唇を押し付けてきたのだ。……え、え、え!ええ!?何この人!何この人!!


「ちょ、ちょっ…!」
「お初にお目にかかります、ああ、ほたるお嬢様、どれ程お会いしたかったか!」
「いっ意味が分からないんですけど!誰ですかまじで!」


拝啓、遥か異国にいるお父さんとお母さん。私、突然全く知らない男の人にキス(手にだけど)されました。初日から大問題発生です。助けて!






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