「…あれ、ノボリさん」


作業服から私服に着替えて休憩室から出るとノボリさんがドアの横に姿勢正しく立っていて、勤務後にノボリさんと出会うのは極めて稀な事である為少し驚いた。…クダリさんについては言わずもがなという事でひとつ。


「お疲れ様です。勤務は終わりましたでしょうか」
「お疲れ様です。はあ、後は帰るだけですけど…どうかしたんですか?」
「最近クダリはどうでしょうか。ほたる様にご迷惑をおかけしていませんか?」
「ノボリさんのおかげで今すごく平穏ですよ。びっくりするくらいに」


どうやら近状を聞きたかったらしいので、私は素直な感想を述べた。…ただ、平穏な日々を過ごしているのは本当だけど、先日の件については私自身がなんだかおかしな事を考えてしまったので、思い出したくないという気持ちも含め黙っておく事にした。


「それならば安心致しました。…実は、今日はこれをお渡ししたかったのです」
「…ポケモンフーズ?」
「はい。今までのお詫びという訳ではないのですが…ご迷惑でなければ受け取ってくださいまし」
「え、いいんですか?…ありがとうございます。うちのゾロア好き嫌いなしの大食らいだから助かります」


クダリさんの件については本当にノボリさんが気にかける必要はないのに、全くもって律儀な人である。ポケモンフーズまでもらってしまって、なんだか逆にこっちが心苦しい。だけどノボリさんの性格を考えると、ここで遠慮してもきっともう受け取ってくれないだろうから、素直に有り難く頂く事にした。


「ノボリさんの選んだポケモンフーズってなんだか栄養バランスとかすごく良さそうな気がします」
「それを考えつつ選びましたので。ほたる様のゾロアには健やかに育って頂きたいのです」
「…なんかノボリさん、オカンキャラが定着しつつありますね」
「恐縮です」


いや恐縮ですって…もしかしてノボリさんまじで私の事娘みたいな感じで見てるの?それは正直いろいろな意味で微妙である。娘って。何とも言えない気持ちになっていると、なんとノボリさんの片割れが廊下の角から現れた。うわあ、何回も言ってるけど、このタイミング。この人実はほんとに狙ってるんじゃないの。


「あ、あっー!ノボリずるい!いつもぼくの邪魔するのに自分はほたると会ってる!」
「わたくしはほたる様にゾロアのポケモンフーズを渡していただけです。それよりクダリ、ほたる様にそれ以上近寄らないでくださいまし」
「なんでそんなことノボリが決めるの!」
「ほたる様にご迷惑がかからないようにです」
「ぼくほたるに迷惑かけてない!」


二人が以前のライブキャスターの時のようにぎゃあぎゃあと口論を始めたので、凄まじく関わりたくなかった私はゾロアをボールから出した。擦り寄ってくるゾロアの頭を一撫でし、ノボリさんから貰ったポケモンフーズをあげる事にする。


「ゾロア、おいしい?」
「きゃうん!」
「良かったね」


小さな身体で必死にポケモンフーズを頬張るゾロアに自然と温かい気持ちになった。これはこの間クダリさんに感じた気持ちの十倍、いや百倍くらいである。どんな仕事の疲れも、ゾロアがいれば吹っ飛んでしまうのだ。私はゾロアをぎゅっと抱きしめ、ノボリさんに再度心の中でお礼を言いつつ、そっとその場を抜け出した。今日は帰ったらゾロアを目一杯甘やかして、構いたおしてやろう。

クダリさんは苦手だけど嫌いじゃない、ノボリさんはちょっと怖いけど優しいと思う。けど、やっぱり私の一番はゾロア以外になる事はこれから先一生ないかもしれない。


17.清掃員の一番






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