相沢さんと平くんが話してから早数日。綾部くんと話をしてみる…などと平くんにうっかり軽々しく言ってしまった相沢さんですが、やはりかたくなに自分を避けている相手に話かけるのは非常に困難な事でした。


珈琲と砂糖菓子のワルツ


「ほたる」
「……」
「ほたる、」
「……」
「…ほたる!」
「…っえ、あ、何?」


飛んでいた意識がようやく現実へ帰って来た時、相沢さんの前には般若の顔をした朝倉さんがいました。


「うわ、ここあちゃん顔怖いよ」
「お黙り。そんな事よりあんた、手元よく見なさい」
「え?」
「それ、塩じゃなくて砂糖よ」
「え………、げ!」


相沢さんは鍋に入れようと掬った計量用の器を急いで横に降ろしました。そしてその時はっと自分は今食堂のおばちゃんの手伝いで夕飯を作っていた事を思い出しました。


「全く…そんな初歩的な間違い止めてよね。それ食べるの学園中の人間なのよ」
「う…」
「………そんなに気になるならさっさと本人の所行けばいいじゃないの」
「何が?」
「綾部くん」
「っ!、あづ!!」
「ちょ、あんた動揺し過ぎ!」


朝倉さんの口から綾部くんの名が漏れた時、相沢さんは大袈裟なほど肩を揺らしました。そして動揺が隠しきれず、その反動で手を熱された鍋に押し付けてしまったのです。


「いった…」
「赤くなってるじゃない。ほら、水で冷やして。ここはいいから保健室行ってらっしゃい」
「そんな酷くないよ」
「馬鹿、化膿したらどうするの。いいから行って、ついでに頭冷やしてきなさい」


半ば無理やり食堂から追い出された相沢さんは、大人しく保健室に向かう事にしました。口では強がってみても、やはり火傷痕には鋭い痛みがぴりぴりと走っていたのです。


*


「ああもう…私生活にまで影響及ぼすなんて最悪だ…」


痛む手を押さえながら廊下をとぼとぼと歩く相沢さん。一人になると頭に浮かぶのは、やはり綾部くんの事でした。平くんから話を聞き気持ちを伝えようと決心した相沢さんでしたが、やはりまだ心の中では整理がつかず、戸惑っていました。何時、何処で、どうやって……それを考えている内に、いつも以上に上の空となってしまっていたのです。良い考えは思い付かないし、しかも綾部くんの相沢さんに対する態度は相変わらず続いていて近付く所か目も合わせようとしてくれないので、実際本気で死活問題でした。近寄りたくても近寄れないのが現状なのです。

やっぱり本格的に嫌われてしまったのだろうかと考えると、相沢さんの心はざわつきました。綾部くんはいつもあんなに好きと言ってくれたのに、どうして自分の気持ちに気付かず否定し続けてしまったのか。今更悩んだ所で遅いのに…と後悔の気持ちばかりが今の相沢さんの心の中をぐるぐると支配しています。


「………あ、」
「!………」


そんな事を考えながら歩いていると、廊下の曲がり角を曲がってすぐ、相沢さんは近くの教室から出てきた綾部くんにばったりと出くわしました。綾部くんは近日中の例の如く相沢さんを視界にいれると、やはりすぐに踵を返そうとしました。これは本当に綾部くんに嫌われてしまった、とショックを受けた相沢さんですが、決してめげません。例え嫌われてしまったとしても、ようやく気付いた自分の気持ちだけは必ず正直に伝えると決めたのです。報われなくてもいい、そう思って。

相沢さんは手を振り上げ綾部くんを呼び止めようとしました。反応が返ってこないのを大前提としていた相沢さんでしたが、綾部くんはそんな相沢さんをちらりと横目に入れた瞬間、目を見開き動きを止めました。そしてなんと、自ら相沢さんの方へと歩み寄ってきたのです。相沢さんは急に近寄ってきた綾部くんに戸惑いながらも、今しかないと話を切り出そうと口を開きました。


「あ、綾部っあの、」
「……手、」
「え……手?」
「………赤い」


相沢さんは綾部くんの視線を辿り、自分の腕を見ました。そこは先ほど自分が不注意で軽い火傷をした場所。綾部くんの言う通り真っ赤になっている腕は、相沢さんに忘れていた痛みの感情を呼び起こしました。


「ああ、さっきちょっと火傷して……って、あっ綾部!?」


相沢さんは驚いて思わず声を張り上げました。火傷、と言った瞬間、綾部くんが相沢さんの赤くなっている方とは反対の手を強く掴んだまま、廊下を走り始めたのです。突然の事に、相沢さんは抵抗もままならず無理矢理引っ張られ走るしかありません。相沢さんは訳も分からず混乱してしまいます。綾部くんがこんな事をする理由は分からない…けれど、握られた手の温かさに、相沢さんは少しだけ鼻先に熱が集まるのを感じざるをえませんでした。


18.触れた手のぬくもり






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