ここ数日、確実に綾部くんの行動は変化し続けていました。相沢さんの日々も変わったのはもちろんの事ですが、彼女の他にも、日々に変化をもたらされた人物がいたのです。


「相沢、どうにかしろ」
「…唐突だね。何を?」


珈琲と砂糖菓子のワルツ


いつもは授業後の空き時間を大抵は朝倉さんと過ごしている相沢さんですが、今日は違います。四年い組の平くんに授業後に話があると言われ、人気のない校舎の屋根に二人で座り込んでいました。

あまり、というかほとんど接点のない二人でしたが、相沢さんには平くんが自分を呼び出した理由がなんとなく読めていました。恐らく、いや多分間違いなく。


「ここ最近の喜八郎はおかしい」
「…そう?」


予想はしていたので、相沢さんは冷静を保ちながら切替えしました。平くんは綾部くんと同室の忍たまだったのです。


「まあ、何が言いたいのかと直結にいうとだな」
「…」
「相沢、お前喜八郎と何かあったのか」
「何もないよ。平くんの気のせいじゃないの」
「お前は喜八郎の変化に気がつかないのか?」


平くんの言葉に、相沢さんはぐっと唇を噛みました。気づかないはずはありません。自分に原因がある事は明らかなので、綾部くんの変化を一番強く感じているのは他でもない相沢さんなのです。


「……別に、いつも通りじゃない?一昨日の実技のテストも好成績だったってくノ一教室の子が噂してたよ」
「様子がおかしいとは言っても、学問に影響があるわけではないのだ」
「じゃあ何?」
「心ここにあらずと言ったところか。元々よく分からん奴だが、今のあいつは感情がほとんど読み取れん」
「…………そう」
「一番の変化は、お前の名を口に出さなくなった事だ」


平くんの言葉に、相沢さんの肩がぴくりと揺れました。下に落としていた視線を上げ、そのまま平くんを見上げます。


「名前…って」
「相沢は知らなかっただろうが、先日まで綾部は自室で私と会話をする時お前の名を出さない事は皆無に等しかった。口を開けば相沢、相沢、相沢、相沢……鬱陶しい事この上なかったぞ」
「…」
「だが数日前、唐突にお前の名が会話から消えた。…同時に明け方部屋を抜け出す事もしなくなった。何をしていたのかは知らないが」


明け方に抜け出していたのは私に文と蒲公英を届けていたからだ、と相沢さんは少し強く拳を握りました。あの日から、やはり綾部くんからの文と蒲公英は途絶えたままなのです。しかしそれより、相沢さんは綾部くんが自分の話ばかりをしていたという平くんの言葉に衝撃を受けました。あんなに冷たい態度を取り続けていたのに、綾部くんは一途に相沢さんを想い続けてくれていたのです。自分は綾部くんが嫌いではないと気付いてからも、彼の想いを否定し続けていたのに…と、胸の辺りがじんわりと痛みました。


「確かに毎日惚気を聞かされ鬱陶しかったが、お前の名を口にする時の喜八郎の顔が、私は嫌いじゃなかった」
「………」
「相沢、私は無理強いして聞き出す気はない。多少の被害は被るが、基本私には関係のない事だからな」
「平くん…」
「ただ、」

「…ただ、お前だって喜八郎の気持ちを知らない訳じゃないだろう。あまりぞんざいに扱わないでやってくれないか。あいつは私に取って友人と呼べる数少ない人間だ」


普段の自意識過剰かつ自信家の気取った平くんしか見た事のなかった相沢さんは、そのあまりにも真剣な瞳に思わず息を呑みました。そして同時にこうも思ったのです。綾部くんに会って、きちんと自分の気持ちを話さなくてはいけない、と。ずっと迷い続けていた相沢さんですが、ようやく決心がつきました。


「…そろそろ私は長屋に戻る。時間を取らせて悪かったな」
「ううん。……あの、平くん」
「何だ?」
「…ありがとう。………あの、私、綾部とちゃんと話してみようと…思う」


そう言った相沢さんを見て、平くんはその端麗な顔の口元を少しだけ緩めて見せました。


*


自室に戻った相沢さんは、朝倉さんに真剣な顔で向き合っていました。綾部くんとこんな事になって、朝倉さんに怒られて、平くんと話して、相沢さんはようやく自分の気持ちと向き合う事が出来たのです。


「ここあちゃん」
「なあに」
「……私、綾部が好きみたい」


朝倉さんは全てを分かっていたかのように、そうなのとだけ呟き微笑んでみせました。対する相沢さんは下を向いていて、声を震わせます。


「馬鹿だよね、こんな事になってから気付くなんて」
「何言ってんの。よく自分と向き合ったわね。偉いわよほたる」
「…子供扱いしないでよ、」


目を真っ赤にした相沢さんを、朝倉さんは優しく抱きしめました。


17.呼び出し人の助言






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