「…ここあちゃん、なにがどうなってるんだと思う」
「ああ、あんたと綾部くんが付き合ってるって噂?今回の広まり方すごいわよね」


珈琲と砂糖菓子のワルツ


相沢さんはげっそりとした顔で、朝倉さんと委員会当番の仕事である用具倉庫の備品整理をしていました。しかし全く集中など出来ておらず、先ほどから作業はなかなか進みません。相沢さんの頭の中を占めているのは、自分にかけられた一つの誤解。一体二日で何人を説得したのだろう…いや大半は信じてくれなくて説得出来ていないけど、と相沢さんはもどかしさに拳を握りました。

『あの相沢さんと綾部くんがお付き合いを始めた』

今相沢さんを悩ませているのはこの噂。どうして知れ渡ったかは分かりませんが、昨日今日と綾部くんと相沢さんがお付き合いをしているかと問うてきたのは立花くんだけではなかったのです。教室では同級生のくノたまに、委員会に行けば六年は組の食満くんや三年ろ組の富松くんに、食堂に行けば食堂のおばちゃんに問われる……といった具合に、とにかく学園の大部分の人間が誤解をしているようなのでした。


「確かに今までもたまに誤解されたりしてたけど、何で今回こんな大人数が一度に誤解してるの?意味分かんない…」
「え、あんたなんで噂流れてるのか知らないの。張本人なのに?」
「知るわけないじゃん!思い当たる事なんて何もないし…」
「………じゃあ聞くけど、あんた、一昨日何処で何してたの?」
「………一昨日?」


「一昨日」と流れている噂を組み合わせて相沢さんの脳内に蘇るのは、綾部くんとの紫の忍装束のやりとり。「………あ」と相沢さんは小さく呟きました。


「いたのよ、目撃者。随分楽しそうだったみたいじゃない」
「最悪……」


そうなのです。今回何故こんなに誤解を招き、しかも「付き合ってるの?」から「付き合ってるんだよね」に問いが変わったのは、一昨日のあの出来事のせいに他ありませんでした。なにしろあれだけ綾部くんを嫌っていた相沢さんが、綾部くんと二人で一時的とはいえ笑いあっていたのですから、見られていたなら勘違いされても無理はありません。相沢さんは自分の思わぬ失態に顔を青くしました。今回の事は綾部くんでも誰でもなく、自分に非があるのです。頭を抱える相沢さんに、朝倉さんは少し笑って相沢さんの頭を撫でました。


「でもほたる、最近は満更でもないんじゃない?綾部くんの事」
「……どういう意味?」
「自分では気付いてないかもしれないけど、あんた前ほど綾部くんに対して刺々しくないし、文と蒲公英だって嫌がらないじゃない」
「ちが、」
「くないでしょ。いいじゃない、素直になれば?綾部くんの事、気になるんでしょ」
「違うってば!」


実を言うと、朝倉さんに言われる前から、相沢さん自身も綾部くんへの気持ちの変化に少しずつ気付き始めていました。しかし、それを表に出す勇気は今の相沢さんにはありません。何故ならその気持ちを表に出すという事は、今までの相沢さんの綾部くんに対する行動や言動を、全て否定するのと同じ事なのです。綾部くんにとっていた否定的な態度、冷たい言動、周りへの印象。相沢さんは、あれだけ周囲に「相沢さんは綾部くんが嫌い」という印象を植え込んでおきながら今更気持ちが変わっただなんて、そんなの虫が良すぎる気がしたのです。綾部くんは嫌いじゃない…けれど、自分の今までの行動や態度を思い返すと、相沢さんの性格ゆえとても素直にはなれませんでした。


「ここあちゃん、私は綾部が嫌いなの。先輩には妬まれるし友だちにはからかわれるし正直文と蒲公英だって迷惑だし、私、綾部といて良い事なんて一つもないんだから!大嫌いなの!」
「ほたる、あんたね、意地張るのも限度ってものが……………、あ」
「………あ?」


相沢さんを嗜めようとした朝倉さんは、ふとある一点を見て動きを止めました。心なしか顔色は青ざめていて、呆然と一点を見つめる朝倉さんを不審に思い、相沢さんも背後を振り返ります。そして相沢さんも朝倉さん同様に呆然として、あっと声にならない声を上げました。そして先ほどから青ざめていた顔が、もっともっと青くなりました。用具倉庫の入口で、シャベルを持った彼が、こちらを見やっていたのです。


「……綾部、」


事態は急展開を迎え始めました。


14.噂が呼び起こした悲劇






人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -