今日も定時きっかりに上がる事ができ、私は上機嫌でサブウェイステーションの出口に向かっていた。定時最高。帰ったらご飯食べてゾロアと一緒にごろごろしよう。


「ほたるー!」


…なんていう私の予定は大幅に崩れる事になりそうな気がする。私の名前を呼びながらマスターの執務室の方からきゃあきゃあ言いながら爆走してくるのは、言わずもがなクダリさんである。…あの人周りの目を気にしないんだろうか。お客様が何事かと全力でクダリさんを凝視している。騒がしいのは勝手だが私の名前を叫ぶのは止めていただきたい。


「お疲れ様ですクダリさんちょっと静かにしてください」
「ほたる、今日いっしょにごはん食べに行こ!」
「無理です。クダリさん仕事終わってないでしょう」
「終わったよ」
「え」
「ほたる忘れた?今日は半月に一度の定期点検の日だよ」
「…ああ」


そういえばそうだったような気がする。バトルサブウェイの電車は毎日たくさんのお客様を乗せて運行するため、安全の為半月に一度(つまり月に二回)定期点検を行っている。普段は夜遅くまで仕事をしているマスター達も、電車が動かない今日ばかりは定時上がりなのだ。迂闊だった…前回は出勤日じゃなかったからな…。私は脳をフル稼働させて、どうやってこの場とクダリさんを交わすかを考えた。退勤後までクダリさんと一緒なんて身体が持たない。


「おや、ほたる様ではないですか」
「あ、ノボリさんお疲れ様です」
「お疲れ様です。…クダリ、貴方突然飛び出していったかと思えばまたほたる様にご迷惑を…」


同じく執務室から歩いてきたのはノボリさんだった。ミルクティーの件があるけど、クダリさんと二人きりよりはましである。それにノボリさんは一応常識があるから、もしかしたら私をこの場から助けてくれるかもしれない。


「あの、ノボリさ…」
「今からぼくほたるとごはん行く!ノボリも行く?」
「まだ私行くって言ってな、」
「食事ですか、良いですね。ほたる様、近くに行きつけのおいしいラーメン屋があるのですがどうでしょう」
「ぼくもそこ行こうと思ってた!」
「……ラーメン屋?」


ラーメン屋と聞いて、思わず断ろうとしていた気持ちがぐらんぐらんと大きく揺らいだ。台詞を二回も遮られて一瞬イラッとしたくせに、なんて単純なんだ私。…というのも、実は私はラーメンがとても好きなのである。いいよね、ラーメン。おいしいよね、ラーメン。……。


「きょ、今日だけなら…」


私はラーメンが好きである。…ラーメンの為なら、まあ、多少の妥協も必要だと思わないでもない。


*


「マスター!ラーメンちょーだい!」
「お邪魔いたします」
「ノボリさんにクダリさん、いらっしゃい」


行きつけというだけあって、ノボリさん達がお店に入ると店長と呼ばれた若い男の人は二人の名を呼びながら人の良さそうな笑顔をこちらに向けた。随分若い店長だと思いながら、大きく息を吸い込む。ああ、いい匂い…思わずうっとりしてしまう。お腹すいた。私がわくてかしていると、店長は二人の後ろに金魚のフンみたいにくっついている私に気がついたらしく、あっと声を出した。


「お二方、その方は?」
「ほたるだよ!」
「サブウェイで共に働いているわたくし達の同僚です」


クダリさん、名前だけかよ。ノボリさん、マスターである貴方と清掃員の私が同僚であるという言い方はちょっと勘弁してほしいです。


「へえ、ノボリさんとクダリさんがお客さん連れて来るなんて珍しいですね。もしかしてどっちかの彼女さん?」
「違います誤解です有り得ないです」
「そうなんですか?でもどっちにしろお二方、女の子とご飯食べるならうちじゃだめですよー」
「え、なんで?」
「何でって、女の子ラーメン屋に連れてくなんてアウトでしょう」
「「えっ」」
「(えっ)」


ノボリさんとクダリさんは驚いたのか素っ頓狂な声を上げた。しかしそれは私も同様で、声にこそ出さなかったが非常に驚いた。…え、なんで?なんでラーメンアウトなの?だってラーメンだよ?何がアウトなの?


「女の子と食事するならおしゃれなパスタ屋とかが普通じゃないですか?」
「…そうなのですか?」
「で、でもラーメンおいしいのに…」
「女の子ってのはムードとかを大切にするもんですよ。ねえ?」


何故か私にふる店主。いや、ラーメンいいじゃん。おいしいじゃないか。ムードなんて煮たって食えやしない。第一私はパスタよりラーメンの方が好きだ。店主の言葉を真に受けたノボリさんとクダリさんは表情はいつものままだが、はらはら心配そうにこちらを見ている。面白いのでちょっとからかってそうですねなんて言ってみようと思ったが止めた。私は純粋にラーメンが好きなのである。


「や、私はラーメン好きなんで気にしないです」


そう言うと、ノボリさんは私の右手を両手でぎゅっと握りしめ、クダリさんは私の首周りに腕を絡め抱き着いてきた。おいおいなんでだよ、勘弁してくれよ店長目を見開いて驚いてるじゃないか。


「ほたる男前!好き!」
「褒めてないですよね」
「流石はほたる様、素敵でございます」
「意味不明です」


店長は大笑いしていたが(「お似合いかもしれないですね!」という言葉は全力で否定しておいた)、私は真実を述べただけである。若干居心地が悪かったけど、ここのラーメンはものすごく美味しかった。途中味噌ラーメンを食べていたクダリさんは、塩ラーメンを食べていた私に一口!なんて言っていわゆる「はい、あーん」を要求してきたが、醤油ラーメンを食べていたノボリさんの鉄拳に沈められていた。今日はラーメンがおいしいからこんな事も気にしない事にする。うん、おいしい。


06.女子力が足りない






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