清掃の仕事は結構ハードなので、昼休みは弁当を食べながらゆったり世間話をするのが私達清掃員のストレス発散方法である。今日はライモンシティのジムリーダー、カミツレさんが素敵であるという話題で盛り上がっていたのだが、突然の訪問者にそんなストレス発散の時間は中断される事になった。丁寧なノックの後に、休憩室の扉がゆっくりと開かれる。


「失礼いたします。ほたる様はいらっしゃるでしょうか」
「え、ノボリさん?」


びっくりした。思わず口に運ぼうとしていたお母さんお手製のたこさんウィンナーの刺さったフォークをも持ったまま動きが止まってしまった。驚いたのは私だけじゃないみたいで、おばさん達も皆ご飯を食べる手を止めて、目を丸くしてノボリさんを見ている。だって清掃員の休憩室にいきなりサブウェイマスターが現れたんだから、そりゃあびっくりするに決まっている。ノボリさんはそれに気づいているのかいないのか、私の方を見て「少しお時間宜しいでしょうか」と続けた。マスターに呼ばれたらイエス以外選択肢ないじゃないか。私は渋々お弁当箱の蓋を閉じて立ち上がった。…おばさん達がにやにや笑っていたのは見なかったことにする。

休憩室を出てノボリさんに連れて来られたのは、シングルトレインのホームのベンチだった。珍しく人気はほとんどない。腰掛けると、ノボリさんは身体ごと私の方を向いた。無駄に背筋が伸びていて姿勢が良い。


「貴重なお昼休みに突然申し訳ありません」
「休みが貴重なのはノボリさんの方じゃ…どうしたんですか?」
「昨日、クダリを説得さてくださったのにきちんとお礼を言っていなかったので。ほたる様のおかけで、あれからお客様にご迷惑をかけることなくトレインを運行できました」
「えっ」
「ほたる様、改めまして昨日はありがとうございました。感謝しております」
「い、いえ…」


ノボリさん、なんて真面目な人なんだろう。昨日の事はノボリさんのせいじゃないのに、まして私はたいして何もしていないというのにわざわざお礼を言いに来るなんて。ちなみにその片割れは今朝、何事もなかったようにいつも通りにしつこく絡んできた。なんだこの差は。


「…なんか、ノボリさんとクダリさんって全然違いますね」


そう言うと、ノボリさんは三白眼の目をカッと見開いた。…前も思ったけど、やっぱりちょっと怖い。


「そうでしょうか」
「はい」
「初めて言われました」
「え、意外です」


いやしかし、確かに初めは私もノボリさんとクダリさんの見分けが付かなかった気がする。失礼な話、どちらもバトル狂の変な人くらいの認識だった。まあその認識は今でも変わっていないけど。


「似ていると言われることが多いのですが。酷いとクダリと間違われる事も少なくありません」
「私もそう思ってたんですけど」
「…では何故?」
「すいません、フィーリングなんでそこまでは…」


クダリさんにじっと見られるのも居心地が悪いが、ノボリさんも相当である。何故かいつもの仏頂面で私をじっと見るノボリさん。お願いだから止めてほしい。


「ありがとうございます」
「もういいですってば」
「昨日の件ではありません」
「え?」
「わたくしとクダリは双子ですが、わたくし達はそれぞれきちんとした別の人間なのです。普段似ているとか区別がつかないと言われることが多いので、ほたる様のお言葉、大変嬉しく思います」
「はあ」
「ほたる様、これを」


そういってノボリさんはマスターの証である黒いコートから缶ジュースを取り出して私にの方に向ける。差し出されたのは、私がいつもホームの自動販売機で買うミルクティーだった。


「ささやかながらお礼でございます」
「え、でも…」
「他の従業員には秘密ですよ。…これがお好きでしたと思ったのですが」
「………や、好きです。ありがとうございます」


お礼の言葉とミルクティーを私に渡した事でようやくノボリさんは満足したらしく、「では午後からも張り切って勤務いたしましょう」と言って、一礼をしてホームから出ていった。

一方私はノボリさんにもらったミルクティーを握りしめながら、一つの疑問を抱えていた。嬉しい。お気に入りのミルクティーをもらった事嬉しい、けど。


「ノボリさん、何で私がこのミルクティー好きなの知ってるの…」


自分の口の端が引き攣っているのが分かる。私ノボリさんの前でもクダリさんの前でもこれ飲んだことないのに。誰かに聞いたとか?でも誰に?…さっきは真面目で良い人だと思ったけど、ノボリさんてなんかちょっと、怖いかもしれない。いろんな意味で。


05.フラグなんて立つわけがない






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