「あのね、ほたるちゃん…ほんとは作法委員の私が渡しに行かなきゃいけないのは分かってるんだけどね、でも、私ちょっと綾部くんて苦手で」
「…うん?」
「ほたるちゃんからこれ、綾部くんに渡してほしいの」


目の前に差し出されたプリントの束に、動揺で相沢さんは口の端っこをひくつかせました。



珈琲と砂糖菓子のワルツ



「…えーと、これ、何?」
「作法委員の連絡プリントだよ」
「…なんで私に?」
「えっだって、ほたるちゃんと綾部くん、付き合ってるんでしょう?だから大丈夫かなあって」
「いやいや全然大丈夫じゃない上に付き合ってるとか本気でないからね。それ誤解だし有り得ないから今すぐ忘れてね」


多分以前に綾部くんが流した噂をこの子は信じてしまっていたのでしょう。なんとか誤解は解いたものの、クラスで一番かわいいと言われている同級生の頼み事を相沢さんは断る事が出来ずうっかり引き受けてしまいました。


*


「あ、平くんちょうど良かった。綾部いる?」
「……相沢、お前正気か?」
「お気遣いありがとう。でも大丈夫だから、綾部呼んでくれる?」


相沢さんは四年い組の教室の前に来ると、綾部くんの同級生である平滝夜叉丸くんこと平くんを呼び止めました。普段の二人を知っている平くんは、自ら四年忍たまの教室に来て綾部くんを呼んでいる相沢さんを信じられないという目でしばらく見つめてから、綾部くんを呼びに教室へ入って行きました。数秒後、本当にすぐに綾部くんが光速度くらい早いんじゃないかという勢いで出て来て相沢さんに寄っていきます。


「相沢、どうしたの。わざわざ教室まで」
「はい、これ」


相沢さんはプリントを差し出しました。


「作法委員のやつだって。頼まれたの、用はそれだけ。期待させたんならごめん」
「………相沢、断らなかったの?」
「え?」
「プリント持って来るの」
「……ああ、うん、まあ…(断れる雰囲気じゃなかったし)」
「そう、ありがとう」
「、べ、別に…」


綾部くんが本当に嬉しそうに微笑んだものだから、いつもなら突っ掛かる相沢さんも何も言い返せませんでした。それほどに綺麗な笑みだったのです。

一瞬でもときめてしまった自分に腹が立って、相沢さんは早急に立ち去ろうとしましたが、ふと何かを思い出したかのように綾部くんを見ました。それに気が付いた綾部くんもまた相沢さんを見ます。相沢さんは少し気まずそうに、そしてけして綾部くんと視線を合わせないようにして口を開きました。


「あ…あのさ…綾部、あの…」
「うん?」
「この間の実習…ありがと」
「え、」
「私あんなに実技の実習リラックスして受けれたの、初めてだった」
「……相沢」
「っそんだけ!私行くねっ」


言い終えないうちに、相沢さんは綾部くんに背を向け走り出しました。綾部くんはしばらくポカンとその後ろ姿を見つめていましたが、相沢さんの言葉を思い出し、自然と漏れる笑いを押さえるため手で口を覆いました。


「喜八郎、一体何があった?」
「滝夜叉丸…何って?」
「相沢が頼まれたとはいえ、自らお前を訪ねて来るなんて今までじゃ考えられないぞ」
「酷い言われようだね」

「…まあ、でも、つまりは石の上にも三年って事だよ」


相沢さんと綾部くんの日常に、ほんの少しずつですが、変化が生じ始めているのは明らかでした。


08.石の上にも三年






人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -