「ほたる、おはよー!」
「おはようございます、クダリさん」


早朝だというのに、相変わらず白いサブウェイマスターことクダリさんは元気だ。ここで彼に捕まると非常に厄介である事は何度も経験済みである。私は欠伸を噛み殺しながら素早くクダリさんの横を通過しようとした…が、エプロンの裾をぐいと掴まれ失敗にお終わった。まあいつもの事だけど。慣れてますよ。


「ねーほたる今日はどこのホーム担当?」
「不本意ながらダブルトレインです」
「ダブルトレイン!じゃあ今日はずっと一緒いられる」
「いや私はホームでクダリさんは車両の中なんで一緒ではないです」
「休憩のときごはんいっしょに食べよー」
「無理です」


相変わらずマイペースな人だ。生暖かい目でクダリさんを見た後、そろそろ清掃員の朝礼時間である事に気付いた。一番若輩者である私が遅刻だなんてとんでもない事だ。なんとしても早くクダリさんを振り切らなくては。


「クダリさん、そろそろ朝礼なので私行きますね」
「ええー………あ、そうだ。ほたる!」
「はい?」
「お仕置き!」
「っ、な」


お仕置きと称され、何故か私はいきなりクダリさんに抱き込まれてしまった。意味の分からない行動の多い人だとは思っていたが、これはもう意味の分からない域を越えている。ぎゅうぎゅう抱きしめるものだから肺が圧迫されて苦しい。というか、何この状況!


「ちょっ…クダリさん何するんですか離してください!」
「だめ!これお仕置き!」
「私クダリさんにお仕置きされるような事してないです!むしろされるべきはクダリさんの方だと思うんですけど!」
「きみ、とっても悪いことした。よーく考えて」


考えるまでもない。クダリさんから私に絡んでくることはあっても、私からクダリさんに私から絡むことなんてないのだ。クダリさんに悪い事なんてしようがない。私は無実である。しかし一瞬、あってほしくない一つの可能性が頭を過ぎった。もし、悪い事をした対象がクダリさんじゃなかったら…?


「あの…まさか、私清掃の仕事で失敗を…?」


それなら有り得ない事はない。思い当たる事はないけど、悪い事をしたならそれ以外にない。さあ、と血の気が引いたのが分かる。ようやく就職できて、ようやく仕事に慣れてきたのに失敗だなんて…。クビにこそならないだろうが、考えただけで恐ろしい。顔面蒼白な私に、クダリさんは不思議そうに首を傾げた。


「ほたる顔青い。気分わるい?」
「だって、私仕事で失敗したんじゃ…」
「仕事?違う、きみ、ノボリにぼくがきみのシフトいじったこと話したでしょ」
「え」
「ほたるダブルトレインの担当減っちゃった。だからお仕置き!」
「………は?」


一瞬意味が分からず唖然としたが、すぐに理解した。私が今話している相手は、あの、クダリさんなのだ。強張った全身から力が抜けていく。……そうだよ、クダリさんだよ。私ってば何真面目に考えちゃってるの。ていうか仕事で失敗したならそのお仕置きというか罰がクダリさんの抱擁なわけないよね。ちょっと考えれば分かるのに一瞬でも焦っちゃって馬鹿じゃないの私。


「ねーほたるどうしたの?」
「今話し掛けないでください思わず手が出そうです」


03.慣れていても慣れない






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