その日、相沢さんは食堂当番でした。


「あ。おばちゃん大変、味噌が切れてますよ」
「本当かい?やだねえまだあると思ってたのに…」


「ほら」という相沢さんの腕に抱えられた味噌壺の中には確かにほとんど味噌は残っていませんでした。とてもじゃないけど、育ち盛りの忍たま全員分にはなりそうにありません。食堂のおばちゃんは困ったように溜め息ん吐きました。



珈琲と砂糖菓子のワルツ



「おばちゃん、私町に買いに行って来ます」


今日は午後からの授業がなく暇を持て余していた相沢さんは自ら買い出しを申し出ました。お味噌がなければお味噌汁が作れなくて食堂のおばちゃんが困ってしまうし、なにより食堂のおばちゃんのお味噌汁が大好きな相沢さん自身が困るからです。幸い他の食堂当番より早く来ていたのでまだ夕飯までには余裕がありました。


「そうかい?でもあたしはこれから夕飯の用意があるし、味噌樽は女の子が一人で持つには重いしねえ…」
「おばちゃんったら、大丈夫ですよ。私だって一応くノ一見習いなんだから」
「でも…」


食堂のおばちゃんは相沢さんが一人で行く事にあまり賛成ではない様子です。確かに味噌樽を女の子に一人で持たせるなんて危ない事この上ないし、なにより良心が痛みます。かといって今から夕飯作りがあるので付いて行くわけにもいきません。おばちゃんはどうしようかしばらく悩んでいましたが、ふと食堂の外を歩いている忍たまを見つけて声を上げました。


「あ、綾部くん!」
「え!?」

「はい?」


おばちゃんが呼んだ名前に、相沢さんは驚いて外を見ます。するとそこにはシャベルを持ってきょとんとこちらを見ている綾部くんがおりました。


「おばちゃん、呼んだ?」


台所におばちゃん以外に相沢さんがいるのを見て、綾部くんは心なしか嬉しそうに中へと入ってきました。何故綾部くんが外にいたかというのは、別に故意ではなくまあ本当にただの偶然なのですが、相沢さんは何故おばちゃんが綾部くんを呼んだのか分からなくて目をぱちくりさせています。ところがおばちゃんはそんな相沢さんに気付く事なく、笑顔で綾部くんに話しかけました。


「綾部くんちょうど良かった。実はお味噌が切れちゃっててねえ、ほたるちゃんが買いに行ってくれるっていうんだけど、味噌樽って重いでしょ?綾部くん、ほたるちゃんと一緒に行ってくれない?」
「ええ!?ちょっとおばちゃん何言ってるんですか!」
「だっていくらなんでも女の子が一人で味噌樽持つなんて危ないでしょ?」
「嫌です嫌です嫌です嫌ですお願いだかから一人で行かせて下さいほんと大丈夫だから」
「相沢、意地張らなくていいんだよ」
「いやびっくりするくらい素直だよ私!」


相沢さんは綾部くんと一緒に買い出しだなんて冗談ではないと顔を青くして阻止しようとしますが、にっこり笑うおばちゃんはもう二人で行かせる気満々のようです。


「じゃあほたるちゃん、綾部くん、お願いね」
「はい。じゃあ行こうか?相沢」
「………っ!」


にっこり笑って手を差し出してくる綾部くんに、相沢さんは怒りで顔を真っ赤にして食堂を出ていきました。その後を差し出した手を無視されたのにも関わらず嬉しそうな顔の綾部くんも付いて行きます。



「あの二人、どうしてあんなに水と油みたいなのかしらねえ」


二人のやり取りを見ながら呆れ口調で小言を言う食堂のおばちゃんは何故かほんのり楽しそうな顔をしていました。そんなおばちゃんの後ろから小さく笑う声が聞こえました。


「……ならおばちゃん、どうして二人を一緒に行かせたんですか?」

「あら、ここあちゃんいつの間に来たの?」
「ほたるの様子見に来たんですけど、行っちゃったみたいですね」
「…どうしてっていうのはないんだけど、なんだかあの二人を見てるとつい、幸せになって欲しいって思っちゃうのよね」
「あ、それ分かります」


相沢さんは気がついていませんが、相沢さんと綾部くんの恋の成就を願っているのは、綾部くんだけではないのです。


06.恋のキューピッド?






人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -