※これの続き
「クダリくん、映画楽しみだね」
「ぼくの貴重な休みを使ってきたんだから、おもしろくなかったら許さないからね」
ああ、また何か言ってる。ほんの少し不機嫌そうな顔をしてそんな事言いながら、昨日は仕事を必死に早く終わらせて早く帰宅して、今日着ていく服を小一時間かけて選んだり、映画の後のランチのお店を情報雑誌に付箋なんか付けながらチェックしてみたり、なんてかわいらしい行動をとっていた事は、彼の双子の兄弟であるノボリさんからしっかりとメールで報告を受けている。だからそんな顔したって怖くないぞ。思わず笑みを浮かべてしまいそうなのを必死に唇を噛んで耐えて、私はそれは大変だねと言って視線を下に落とした。いけないいけない、万が一にもクダリくんに秘密でノボリさんとメールのやり取りをしている事がバレるような行動とっちゃだめだ。せっかくクダリくんと二人で映画に行くのに、クダリくん以外の男の人とメールしてるなんてばれたら恐らくクダリくんはすごく怒ってデートどころじゃなくなってしまう。
「え、なんでそんな顔するの?…ぼ、ぼくべつに怒ってるわけじゃないから、だから、今すぐその顔やめて」
「……………天然恐ろしいわ」
「は?なに言ってんの?」
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「うわ、結構冷えてるね」
映画館に付いて、あまりに冷房の効いたシアター内にぶるりと肩を震わせた。あり得ない、いくら夏だからってここまで冷やす必要ないだろう。指定の席について、自分を抱きしめるようにして二の腕を手のひらで何度も擦る。寒い。薄手のカーディガンでも持ってくればよかったと思ったところで、横からばさりとクダリくんが着ていた白いジャケットを脱ぐ音がした。おっと、これはもしかして。
「…ねえ」
「どうしたのクダリくん」
「あ…あのさ、これ、かけとけば」
「え」
「寒いんでしょ」
キター!何の伏線もなしにクダリくんのデレが来ましたよ、皆さん!これは貴重ですよ!まさかとは思ったけど、上着を貸してくれるなんてあんまり期待してなかったから、思わずきゅんとときめいてしまった。
「…いいの?クダリくんは寒くない?」
「悪かったら言ってない」
「そっか。ありがとうクダリくん。お言葉に甘えて借りるね」
「…うん」
「すっごくあったかいよ」
「べっ…別にほたるのためじゃなくて、ノボリが、そうしたほうがいいって言ってただけだから!かんちがいしないでよね!」
ははあん、そうかこれはノボリさんの入れ知恵か。そうだよね、あのクダリくんがあんなスマートにイケメン行動できるわけないもんね。顔はイケメンだけど。まあ女の子の扱いなんて慣れてないクダリくんが自発的にあんな事したらそれはそれでショックだからちょっと安心。それにしても言わなきゃ分からなかったのに、何も考えずにさらりとノボリさんからの入れ知恵だと暴露してしまうクダリくん、かわいいなあ。いじめたくなっちゃうじゃないか。
「そうなんだ。ならノボリさんに感謝しなくちゃね」
「はあ?デート中に他の男の名前出さないで!むかつく!」
あーあ、かわいいでやんの。嫉妬?それって嫉妬?聞きたいけど、多分口聞いてくれなくなりそうだから止めとこう。もう、女の私よりかわいいってどういう事なのクダリくん。
「冗談だよ。私クダリくんだけが大好きだから、心配しなくて大丈夫だよ。クダリくん以外の名前呼んじゃってごめんね」
「っちょっと!手!」
「え?」
「なんで、手、にぎってるの!勝手にそういうことするのやめて!ちじょ!」
「あ」
ごめんねと同時に握った手は、あっという間にクダリくんに振り払われてしまった。残念。私なりに愛情を表現したのに。ていうか手を繋いだだけで痴女だなんて酷い。その時、ふ、とシアター内の電気が落ちた。ああ、もう映画始まるのか。あわよくばクダリくんと手を繋いだまま映画鑑賞なんて考えてたけど、まあいいか。
クダリくんのジャケットのぬくもりに包まれながら本編が始まるまでの興味もない宣伝のCMをぼけーっと眺めていると、ふいにクダリくんが私に視線を寄越した。少しだけ私の方に向き直った事が分かる衣擦れの音が耳に入る。
「…………ねえ」
「うん?映画始まるから声ちっちゃくしてね」
「…なんで、手、つなぎ直さないの?一回振り払われたからって止めちゃうの?自分がした行動には最後まで責任もってよね」
「………えー、びっくりした。クダリくん、手、繋ぎたかったの?」
「ぼくじゃなくてほたるがつなぎたかったんでしょ!」
…相変わらずどうしようもない子だなあ。ほら!と言って手のひらをこちらに差し出してくるクダリくんがあんまりにもかわいくて、私は今度こそ離さないようにぎゅっとお互いの指を絡めて握りしめた。クダリくん、暗くても赤くなったほっぺたが丸わかりだよ!