仕事を定時に上がり、帰り支度を済ませてさて帰ろうかとスタッフオンリーの扉を抜けて帰路につこうとしたまさにその時だった。


「あ、ほたるさーん!」
「…トウヤさん?」


大きな声で名前を呼ばれて顔を上げると、扉を出てすぐ近くの壁にトウヤさんがもたれ掛かっていた。…何でこんなギアステーションから離れた清掃員の更衣室近くに?トウヤさんは私と目が合うと、人懐っこい笑みを浮かべながらこちらに走り寄ってくる。


「こんにちは。どうかしたんですか?こんな所に一人で…」
「や、ほたるさんもう仕事終わった頃かなって思って。さっき他の清掃員の人にほたるさんがもう仕事上がりだって聞いて待ってました」
「私を…?何かご用でも?」
「ほたるさん今から時間ありますか?実はちょっとお願いがあって…」


チャンピオンであるトウヤさんが私にお願い?そのお願いの内容が一体何なのかは皆目検討もつかないし、叶えられる保障もなかったけど、私は思わずこっくりと頷いてしまっていた。



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「おおー!ゾロア!本物だ!スゲー!」


移動したライモンシティ遊園地のベンチに座りながら切り出されたトウヤさんのお願いとは、私のゾロアに会わせて欲しいという事だった。なんだそんな事かと、特に問題もないので私は長いこと窮屈な思いをしていたゾロアをボールから出してやる。トウヤさんは目をきらきらと輝かせて、ゾロアを抱き上げその場でくるくると回りだした。ゾロアは大層嫌そうな顔をしていたけど、クダリさんにするみたいに暴れる事はなく、大人しくされるがままになっている。薄々気付いてはいたけど、あの子ほんとクダリさん嫌なんだな…。


「あの、よかったら図鑑登録させてもらっていいですか?俺本物のゾロア見るの初めてで!」
「どうぞ。でも意外です、チャンピオンでも見た事ないポケモンっていたんですね」
「何言ってるんですかほたるさん、ゾロアはなかなかお目にかかれるポケモンじゃないですよ!それにこの世にはまだまだたくさんのポケモンがいるんです。俺が今まで出会ったポケモンはまだそのほんの一部ですよ」


チャンピオンが言うとなんとも重みのある台詞である。トレーナーとして旅に出ていない私はあまりたくさんのポケモンに出会ったことがない。そんな私に比べてトウヤさんは今まで数多くのポケモンを見てきたであろうに、それがごく一部なんて…なんか、すごいなあ。


「クダリさんからほたるさんがゾロアのトレーナーだって聞いてたから俺どうしても見たくって!すみません、仕事上がりで疲れてるのに」
「いいですよ。明日は非番だし」
「ありがとうございます!へへ、お前のご主人様は優しいなーゾロア?」
「きゃん!」
「お、今まで無反応だったのに反応した!ほたるさんに懐いてるんですね」


ああ、私のゾロアってばなんてかわいいの…思わずきゅんと胸を高鳴らせてしまう。…いや落ち着けキャラじゃないわ。


「ほたるさんの手持ちはゾロアだけなんですか?」
「はい、私トレーナー修業の旅に出てないから自分でポケモンゲットした事なくて。だから手持ちは訳ありでうちにきたゾロアだけです」
「え、じゃあバトルとかは…」
「した事ないです」
「えええ!!」


トウヤさんは信じられないとでもいうように、まるでかみなりに打たれたかのように硬直してしまった。…デジャヴだ。ノボリさんとクダリさんに同じ事を告げた時の。バトル廃人のリアクションだ。


「勿体ない!ポケモンバトルってすごく楽しいんですよ!」
「いやでも私そういうセンスなくて」
「今度俺のポケモンとバトルの練習してみましょう!」
「ええ!?私のゾロアとチャンピオンのポケモンじゃ差がありすぎですよ!」
「練習だから大丈夫です。それにゾロアはレベルアップするとゾロアークになるんです。めちゃくちゃ格好いいんですよ!」
「は、はあ……まあ、いつかバトルに興味が湧いたら、トウヤさんにアドバイスもらうかもしれないのでその時よろしくお願いします」


私は引き攣り笑いを浮かべながらそう言うのが精一杯だった。私のゾロアをトウヤさんのポケモンとバトルさせるなんて例え練習でも冗談じゃない。ゾロアークも図鑑登録したいのかもしれないけど勘弁してください。


「ちぇー、分かりました……あ、そうだ。あの、そのトウヤさんっていうのなんか変じゃないですか?」
「変?何がですか?」
「俺ほたるさんより年下なのにさん付けされるとなんか変な感じするんですよね。トウヤでいいです」
「え…チャンピオン相手に無理ですよ」
「無理じゃないですって!ト、ウ、ヤ!…ほらたったの三文字!」
「分かってると思いますけど文字数の事言ってるわけじゃないです」
「お願いしますほたるさん。俺今まであんまりさん付けで呼ばれた事ないし、なんか他人行儀で嫌なんですよ」
「う…」


じっと真っ直ぐに見つめられて、私は居心地が悪くなって思わず目を逸らした。なんて澄んだ綺麗な目で見つめてくるんだ、これじゃあまるで拒んでいる私が悪いみたいじゃないか。…厄介だな、トウヤさん、天然だ。クダリさんとはちょっと違うけど、最終的にこっちが折れざるを得なくなるタイプだ。


「…………じゃあせめて、トウヤくんで妥協してもらえませんか」
「やったー!全然オッケーです!」


この屈託のない笑顔が計算でないなんて、天然恐ろしい。



31.天然な性格にご用心






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