ここ数週間、バトルサブウェイはまるであの事件が嘘だったかのように平和そのものだった。風の噂で聞いた話によると、少し前にプラズマ団は私と年端も変わらない少年の手によって解散を余儀なくされたらしい。まあ当然の結果だよねと鼻で笑ったけど、本当はそれを聞いて心の底で大層安堵している自分がいた。


「っわ!」
「!えっ…」
「えへへ、だーれだ?」
「………」


子供が悪戯をする時のような楽しげな声と共に身体にずしりとのしかかってきた重みに、私は思わず失笑した。ああ、うん。分かってるよ。突っ込んだら負けだよね。


「…百歩譲って今の行動を許容するとします。でも普通その掛け声を出しながら塞ぐなら目じゃないですか?後ろから身体丸ごと抱え込むなんて誰もしませんよ、クダリさん」
「え!ほたるどうしてぼくだって分かったの?すごい!あ、ぼくのこと好きだから?」
「私の言った事ご自分の名前以外聞いてなかったんですか?」


振り向けば、したり顔でにこにこと笑っているクダリさん。ああ、あの日の面影は一体どこに…。プラズマ団に立ち向かっていった時には少しだけ格好良く見えたはずなのに、その後はすっかりいつものクダリさんに戻ってしまった。まあ、これが今まで通りなわけだし、別にいいんだけど。…それでも前よりも少し、ほんの少しだけだけど、好感度は上がった、…かもしれない。相変わらずどうしようもない困った人だとは思うけど。


「あ、それよりほたる、なんかぼーっとしてたね。眠いの?ぼくといっしょにおひるねする?」
「当たり前ですが私もクダリさんも勤務中なので無理です。それと別に眠いわけじゃありません」
「じゃあどうしたの?」
「少し考え事をしてたんです。……プラズマ団の事、クダリさんはもう知ってますよね」


言ってから、なんでこんな話題を振ってしまったんだろうと後悔した。馬鹿か私は、もう終わった事なんだからそんな事わざわざ蒸し返して言わなくてもよかったのに。…なんて、今更言った所で遅いけど。


「ああ、うん。知ってるよ」
「年端もいかない男の子にやられるなんて呆気ない終わり方ですよね。あれだけ大層な事言ってたのに」
「でもほたる、ほっとしたでしょ」


クダリさんが元々釣り上がっている口元を更ににたーっと上げていやらしく笑うものだから、なんだか全てお見通しと言われてるような気がして少し居心地が悪かった。


「…私、別にもう心配なんてしてませんでしたよ」
「うそ。あんなことあったから、怖いって思っちゃうのはあたりまえだと思う。無理しなくてもだいじょうぶだよ」


まるで子供を諭すような言い方だったけど、不思議と嫌な感じなんて全然しなかった。…認めたくなかったけど、クダリさんの言うように、私はきっとまだあの出来事に恐怖を抱いている。もしまたプラズマ団が襲ってきたらどうしようと考えた事だって、一度や二度じゃなかった。


「正直、少しだけほっとしてるんです。……私まだプラズマ団が怖かったんでしょうか」
「そうかもしれないね」
「なんか情けないですよね。あれからもう随分経つのに」
「そんなことないよ。ぼくだってプラズマ団が捕まってほっとしてるしね」
「え…クダリさんが?」
「またバトルサブウェイに来られたら困るなあとか、プラズマ団のやり方はどう考えても気に入らないし…いろいろと思うところはあったからね」


そうなんだ。…クダリさんでも、そんな事思ったりするんだ。同じ人間だから考えてみれば当たり前の事なのに、今の私にとってそれはまさに目から鱗だった。理由はもちろん全く違うんだけど、それを聞いて私の中には何かまた別の安堵感が生まれた。…変なの。何故かようやくいつもの自分の日常が戻って来るような気がして、見えない柵から解放されたような、そんな気持ちにさえなる。


「まあぼくのことはどうでもいいんだけど。ほんとに安心してどんと構えてくれてていいからね」
「え?」
「これから先なにがあってもほたるのことはぼくがずっと、ずーっと守ってあげる。だからなにも心配しなくていいよ」
「……は、」


クダリさんは私の両頬を大きな手ですっぽりと包み込むと、いつもより何倍も甘い笑みを浮かべながら、にっこりと私に微笑みかけた。………え、何それ。開いた口が塞がらない。何で、何でそんな事至極当たり前の事かのように言うの。だって、そんな言い方、まるで。


「ほたる?」
「わっ…私別に、クダリさんに守ってもらわなくても平気ですっ!」


(まるでそんなの、プロポーズみたいじゃないですか…!)



29日常の返還.






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