「ほたる、ボクと君は恋人同士だ」
「………うん?」
「そうだよね?」
「え…うん、そうだけど…」
何もかもから解放されたNは自由人だった。というか性格が変わった。とても。
「ふふ。好きだよ、ほたる」
「えっと…ありがとう」
「ほたるは?ボクの事好き?」
「……うん、好きだよ」
「嬉しいな。どのくらい好き?ボクは、」
「ねえ、この茶番はいつまで続くの?」
そろそろ聞いてるこちらの方が恥ずかしくなってきたので、べらべらと喋り続けるNの口を手で塞いだ。さっきからなんなんだ、言葉攻め羞恥プレイのつもり?極力嫌そうな顔をしたつもりなのに、Nは嬉しそうに目を細めて、口を塞いでいる私の手を取りうっとりとして頬を寄せた。わあ、私の話全然聞いてないや。
「ほたるの手、やわらかい」
「そうかな…私より柔らかい手の子なんて他にいくらでもいるよ」
「他の子の手なんて興味ない。そんな事より、抱きしめてもいいかい?」
「抱きしめながら言われても」
まるで小さな子供が母親にするように抱きしめて擦り寄ってこられれば、私にはNを拒否する理由が見つからなかった。母性本能だろうか、長身で私より随分大きな身体をしているのに、Nが愛しくてかわいいとさえ思ってしまう。
「あったかいな、それにふわふわしてる。ほたるはどこもかしこもやわらかいんだね」
「ちょっと何処触りながら言ってるの」
「まあでももっと大きいものだと思ってたんだけど。こればかりは個人差だから仕方ないよね」
「張り倒されたくなかったら黙ってくれないかな」
さりげなくセクハラをしてくるNの手を叩き落として距離を取ろうとするが、身体に絡み付いてくる腕は到底解けそうもなかった。全く、子供っぽいと見せかけて油断も隙もない。
「N、さっきからどうしたの?色々と脈絡ないよ」
「ずっと知らなかった幸せを噛み締めているのさ」
「幸せ?」
「ああ。ほんと、夢みたいだ。僕に好きな女の子が出来て、その子も僕を好きになってくれるなんて。少し前なら考えられなかった」
「少し前なら」、この言葉がNの重い過去を表している事を知っていたので、私はあえて何も言わなかった。下手な慰めは彼には不要である。代わりにその広い背中に腕を回してやると、少し笑ってくすぐったそうに身じろぎした。
「ボク、今まであんまり女の子と話した事とかなかったし、女の子っていえばお伽話のお姫様みたいなものだと思ってたんだ。ほたるに出会ってそのイメージはぶち壊されちゃったけど」
「悪かったわね。世の中そんなに甘くないって勉強になったでしょ」
「でもボクはどんなお伽話のお姫様よりもほたるが好きだよ。他の女の子になんて興味ないんだ」
うわー、きたよ。恐ろしい口説き文句だ。なにそれ何処の王子様の台詞?私の事お姫様っぽくないって言っときながら自分はめちゃくちゃ王子様キャラとか、ないわ。
「町娘と王子様か…シンデレラみたい」
「え?何の話?」
「………Nのせいなんだから、ガラスの靴は自分で用意してよね」
「よく分からないよ」
「Nが好きって事」
そう言って一瞬ぽかんとしたNの頬に軽く唇を押し付けると、彼が本当に本当に幸せそうに笑うものだから、私の目からは思わず水がぼろりと零れてしまった。多分私の方が幸せだよ、ばか。