ちくり、突き刺さる鋭い視線。

(うーん、またかあ…)

振り向くと、絡み合う視線。今日既に三度も交じり合った視線に、私は首を傾げた。…ううん、今日だけじゃない。私はバトルサブウェイのシングルトレインでトレーナーをしてるんだけど、何故か最近やたら私の直属の上司でありここバトルサブウェイのマスターであるノボリさんと目が合うのだ。一日に同じ人間と、それもノボリさんのようなホームやギアステーションを常に駆け回っているような忙しい人とこんなに視線が合うなんて普通じゃない…と思うんだよなあ。

そしてもっとおかしいのが、何故か目が合った瞬間にノボリさんは速効で私から視線を外すのだ。視線が合うと言っても、ノボリさんからの視線が気になって私がノボリさんを見る事で視線が混じり合うのに、その私を見ていたノボリさんの方から視線を外すなんておかしな話である。


「こら、サボってんなよ」


もやもやとそんな事を考えていると、後ろから軽くコツンと頭を突かれた。はっとして振り返ると、シングルトレインのトレーナーリーダーである先輩が立っていた。


「口開いてるぞ。挑戦者が来ないからって何ぼーっとしてるんだ、ほたる」
「え…あ、すみません。ちょっと考え事してて」
「考え事ねぇ…それより頼みがあるんだけどさ。この書類、今日上がったらノボリさんの所に持ってってくれないか?」
「私が?…これ、今日のシングルのバトル成績表ですよね。いつも先輩が持ってってるじゃないですか」
「今日は今からリーダーが集まって会議なんだ。時間なくてさ、頼むよ」
「まあ、そういう事なら…」


本当はノボリさんの所に一人で行くなんてあんまり気乗りしないんだけど、リーダーの集まりの会議があるなら仕方ない。まあ執務室ならクダリさんもいるだろうし、二人きりって事はないだろう。

十数分後、仕事上がりの時間になったのでタイムカードを切り、更衣室には行かず書類を持って執務室に向かった。執務室にノボリさんがいなくては元も子もないので、途中シングルかマルチが動いているかモニターを確認すると、スーパーダブルのみランプが点滅していた。うわあ、今クダリさんいないんだ…しかもスーパーって事は挑戦者もかなりの実力という事で、なかなか決着は着かないだろう。クダリさんもちょっと面倒くさい性格してるけどノボリさんと二人きりよりはましだし、今だけはいて欲しかったな…まあいいや、書類渡して早く帰ろう。腹を括って執務室のドアをノックすると、「どうぞ」というノボリさんの声が返ってきたので私は勢いよくドアノブに手をかけた。


「失礼します」
「、ッゴフ!」
「え…っえ!だ、大丈夫ですか!?」
「ゴホッ…!ゴフ、ゲホッゲホッ!」


私が執務室に入ると、突然人が入ってきた事に驚いたのかノボリさんが飲んでいた珈琲で盛大にむせた。えええなにもそんなに驚かなくても…!ていうかノックしたし私のせいじゃないよね!


「ゲホ、ゴホッ…!……お、お見苦しい所をお見せしてしまい、大変失礼致しました」
「いえ…あの、大丈夫ですか?」
「問題ありません」


一瞬私のせいだと怒られると思ったけど、まあよくよく考えればそんなに器の小さい人じゃないよね。咳も落ち着いたようでほっとしたのもつかの間、ノボリさんは視線をキョロキョロと動かしたりして、急にそわそわし始めた。


「それで………何か?」
「え?」
「定時後にわざわざ執務室まで来られたという事は、何かわたくしにご用でも…あるのでしょうか?」
「あ、はい。今日はリーダー会議らしいので代わりに私がシングルトレインのバトル成績の書類を持ってきました」
「バトル成績表…?」
「はい。リーダーに頼まれたので」
「……………そ、そうですか」


…あれ、今ノボリさん噛んだ?いつも朝礼の時なんかには厳格な顔をしてはきはき喋っているのに、今日はなんか声も小さいしどうしたんだろう。考えすぎ?まあノボリさんも人間だし、そんな日もあるんだろう。


「じゃあこれが書類で、」
「ひゃああああ!」
「えっ!?なんですか!?」


書類を渡した瞬間、何故かノボリさんが甲高い悲鳴を上げた。…いや、ひゃああって…ノボリさんてこんなキャラだっけ?というかさっきからなんかおかしいし、なんかあるのだろうか。


「ノボリさん…?どうかしたんですか?」
「てってて、手ぎゃっ手が!」
「え?手がなんですか?」
「…な、なんでもっ…なんでもございません!」
「いやなんでもなくないですか!?なんかノボリさんさっきからちょっと変ですよ!…ひょっとして、体調悪いんじゃないですか?」


先程から普段の冷静さがまるで感じられないくらいうろたえているノボリさんに、私は何かあると確信した。もしかして、ノボリさんは私だけに限らず皆に無意識に視線で不調を訴えていたのかもしれない。考えてみれば、ノボリさんが私だけを見ていたとは限らないんだから。うん、きっとそうだ、そうに違いない。それなのにあくまでもしらを切るつもりなのか、顔を引き攣らせながらじりじりと後退するノボリさんを無理矢理にでも医務室に連れていこうと、私もノボリさんとの距離をじりじりと詰めた。


「逃がしませんよノボリさん!マスターが体調悪いのにほっておけると思いますか!」
「ちっちち違、違っ…!」
「そんなに吃りながら何言ってるんですか!さあ、医務室行きましょう!」
「っ…!?…うっ、わああああ!!!」
「えっ」


医務室行きましょう!そう言いながらノボリさんの腕を掴んだ…の、だが。それと同時に、何故か視界が反転した。…………え、何?脳に響くノボリさんの悲鳴によって、思考が切断される。一瞬何が起こったのか分からなかった。直後、身体に鈍痛が走った事で、なんとなく床に倒れ込んだのだと理解した。


「いった…ってノボリさん!?」


身体を起こすと、私の下には目をかっ開いて硬直しているノボリさんがいた。倒れ込んだにしては何か柔らかいとは思ったけど、まさか倒れたノボリさんの上に重なってのしかかってしまうとは…!


「すみません大丈夫ですか!?」
「…………」
「ど、どこか痛いところとか…」
「……………のに、」
「え、何て?」
「はっ初めてでしたのにっ!」


身体を起こしたノボリさんは、まるで恥じらう乙女のように身体を縮こまらせて俯いている。……初めてって、何が?


「初めて?」
「恋人でもない男女が抱き合うなど不純でございます!」
「え!?別に抱き合ったわけじゃ、」
「これは由々しき問題でございます、わたくし生まれてこの方女性と抱き合った事などありませんのに!」
「えっ…いや、なんていうかあの……すみません」


確かに上に倒れ込んだのは私が悪いけど、そもそも倒れたのノボリさんが原因だし何もそんな汚らわしいものと抱き合ってしまったみたいな言い方しなくても…わざとじゃないんだし、私だって人並みに傷つくんですよノボリさん。


「抱擁にしろ接吻にしろ、初めてというものはとても貴重で重要なものでございます」
「(そんな大層な…)」
「しかしながら…大変都合の良い事に、わたくし以前から貴女様をお慕い申し上げておりました」
「………え?」


今何て?聞き違いかと疑いたくなる台詞を耳にして、思わず勢いよく顔を上げた。ばちり、本日四回目である絡み合う視線。


「わたくしの初めてを奪った責任を取って結婚を前提としましたお付き合いをしてくだされば、今回の件、全く問題ありません」
「えっ」
「心配には及びません。最近度々重なり合う視線に、わたくし確信しておりました。貴女様の気持ちとわたくしの気持ちがシンクロしていると!今までタイミングを逃し、お伝えする事が出来ませんでしたが…」
「え、え、え、えっ」
「わたくし達を妨げるものは何一つございません。ほたる様、わたくしとお付き合いしてくださいまし!」


口を挟む隙間さえなかった。重なり合う視線?違います、目が合ってたのは貴方が私を見ているのが気になってたからで決して私からのアプローチじゃありません。いつもとまったく変わらない無表情のまま真剣に交際を要求してくるノボリさんに、私は開いた口が塞がらなかった。





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