あの日から丸々五日間、私は初めて仕事を休んだ。激痛と見た目のわりに足の状態は差ほど悪くなく(ノボリさんの応急処置が良かったのかもしれない)、おぼつかないけど三日後には歩けるようになっていた。あまり長く休んで迷惑をかける訳にもいかないし、明日にでも早々に出勤しようと思った所で、ようやく冷静さを取り戻した頭が私にとんでもない事を思い出させた。


「…………あれ、」
「きゃうん?」
「嘘……私、お礼言ってない…?」


そう、とんでもない事だが、私はノボリさんとクダリさんにあれだけの事をしてもらいながらお礼を言っていなかったのだ。ゾロアを取り戻してくれて、怪我をした私を申し訳なくなるくらい気遣ってくれたのに。信じられない。馬鹿にも程がある。呆然と座り込む私の足にゾロアが心配そうにおでこをぐりぐりと押し付けてるけど、私に反応を返す余裕はなかった。


「……死にたい」


穴があったら入りたい、的な意味で。



*



「お…おはようございます、」
「ほたるちゃん!」
「やだ、もう大丈夫なの!?」
「はい。突然五日間も休んでしまってご迷惑おかけしました」
「何言ってるの!無事で良かったわ」
「ゾロアちゃんも元気?」


久しぶりに出勤すると、清掃員仲間のおばさん達が優しい言葉ばかりかけてくれた。長い事休んで迷惑をかけてしまったのに、なんて良い人達なんだろう。申し訳ない気持ちでいっぱいなのはもちろんだけど、不謹慎ながら少し嬉しかった。


「……あの、来て早々何なんですが誰かノボリさんとクダリさん見ませんでしたか。来る途中も探したんですが見当たらなくて」
「ああ、マスター達なら二人共てんやわんやして色々駆け回ってるわ。何せ何処もかしこも目茶苦茶だし…」
「トレインの復旧はまだ一週間先くらいになりそうよ。私達も色々な所に借り出されてるの」


という事は、バトルサブウェイは実質約二週間も休止状態になるのか。…無理もない。この更衣室までくる間の道も、瓦礫なんかは撤去されていたものの酷い有様だった。ポケモンを解放するだのなんだのよく分からないし、プラズマ団、なんて奴らだ。


「という事は、執務室にはいないんですよね。二人が今何処にいるか分かりませんか?」
「さあ、毎日走り回ってるから…」
「あ、でもノボリさんならさっきシングルトレインのホームに歩いていくのを見たわよ」
「ありがとうございます。…すみません、少し失礼します」


普段なら茶化してくるおばさん達も仕事が忙しいのか、特に突っ込まれる事もなく休憩室を後にした。…いや、もしかしたら気を使ってくれたのかもしれないけど。それよりも私は早く二人を見つけなければという気持ちでいっぱいだった。


*



「ノボリさん!」


シングルトレインのホームに着くと、すぐに黒いコートを見つけたので声を上げた。顔は見えなかったけど、バトルサブウェイに黒いコートを着てる人なんてノボリさんしかいない。名前を呼ばれて手元のボードとにらめっこをしていた顔を勢いよく上げたのはやっぱりノボリさんで、私を視界に入れると三白眼の瞳を大きく見開いた。


「ほたる様!」
「おはようございますノボリさん」
「おはようございま…いえ、挨拶をしている場合ではありません!もう出勤されても大丈夫なのですか?足の状態は、」
「平気です、もう歩けます。それよりも先日はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
「……ほたる様」
「ノボリさん達のおかげでゾロアを無事に取り戻す事が出来ました。いくらお礼を言っても足りないくらいです、本当にありがとうございました。…この間言いそびれて、遅くなってしまったんですけど」


非礼を詫びようと頭を下げると、ノボリさんが慌てたように「やめてくださいまし!」と声を荒げた。珍しく声を荒げたノボリさんに驚いて顔を上げると、気のせいか少し悲しそうな顔をしたノボリさんと目があった。


「あの…」
「わたくし、あの時の事を迷惑だなんて微塵も思っておりません。…それに謝らなければならないのはわたくしの方でございます」
「え?」
「短時間とはいえプラズマ団がバトルサブウェイを占拠出来たのは、わたくし達の警備の甘さです。結果ほたる様に怪我をさせてしまった挙げ句、ゾロアを奪われるという辛い思いをさせてしまいました。どうお詫び申し上げればいいのか…申し訳ございませんでした」
「そんな…止めてください、ノボリさんが謝る理由なんてどこにもないです」


ノボリさんは息つく間もなく言い切ると、今度は私に向かって深々と頭を下げた。やだ、なんでノボリさんがそんな事するの。今度は私が必死に止めてくださいと言って止める番だった。だって、本当に私が謝られる理由なんて何一つないんだから。


「ノボリさんって本当責任感が強いというか…仕事熱心で真面目なんですね」
「いいえ、わたくしはまだまだ未熟者です。今回の件でそれを嫌というほど痛感致しました」
「そんな事ありません。少なくとも私とゾロアはノボリさんに感謝の気持ちでいっぱいですから」
「…そう言って頂けると救われます」
「だから、本当に本当に気にしないでくださいね。絶対ですよ」


そう念を押すと、強張っていたノボリさんの顔がようやく少し緩んだ気がしてほっとした。よかった、お礼を言いにきたのに逆にノボリさんの罪悪感を高めてしまう一方だったからどうしようかと思った。真面目なのは良い事だけど、度を過ぎると少し難しいというかなんというか。まあとにかくお礼を言えてよかった。

そうして少しほっとした所でふとシングルトレインのホームを見渡してみると、たくさんの駅員さんが世話しなく整備をして走り回っていた。だけど、肝心のあの人の姿は見つからない。


「ノボリさん、クダリさんもこの辺りにいるんですか?私まだクダリさんにもきちんとお礼を言えてないんです」
「クダリなら執務室ですよ」
「執務室に?でも現場の指揮は…?」
「…クダリに指揮を任せるのは些か不安なので、現場はわたくしが取り仕切っております」
「……………………ああ」


現場で指揮をとるクダリさんを想像して、なんだか妙に納得してしまった。うん、確かに似合わないよね。


「分かりました、ありがとうございます。それじゃあ失礼しま…わっ!」
「っ危ない!」


急ごうという気持ちの現れか、踵を返そうとして足が縺れてしまい、私は不自然な体制で転びそうになった。ノボリさんが咄嗟に支えてくれた為怪我一つないが、そうでなければ地面と対面してただろう。ずっと家にいたから身体が鈍ってしまったのかもしれない。


「す、すみません…度々ありがとうございます」
「ほたる様、やはりまだ足が治っていないのでは!?無理なさらないでくださいまし、よろしければわたくしがまたお運び致します!」
「え!?だ、大丈夫です!急いで躓いただけなので!」


このままではまたお姫様抱っこをされかねないので、私は急いでノボリさんに背を向けた。プラズマ団来襲時ならともかく、今誰かにそんな所を見られでもしたらとんでもない。……ノボリさんて天然なんだろうか。私は少し熱を持った頬を押さえながら、クダリさんのいる執務室までの道を急いだ。






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