「ほたるー!トリックオアトリート!」
「ぎゃー!」


今日もいつも通りに定時で仕事を終えてさあ帰ろうと更衣室を出ると、扉の前に頭部だけがアイアントの人間が立っていた。胴体は真っ白いマスターのコートを身に纏ってるからこれは間違いなくクダリさんなんだけど、いきなり頭部アイアント人間を見ればそりゃあびっくりもする。出オチもいいところだ。


「そんな大きな声出してどうしたの?」
「どうしたのじゃないですよ!なんてもの被ってるんですか!」
「だって今日はハロウィンだよ。ほたるハロウィン知らないの?」
「知ってます馬鹿にしないでください。私が言いたいのはなんでよりによってアイアントの被り物なんて装着してるのかって事です!ホラーにも程があります」
「なんでーかわいいのに」


渋々といった感じで取られたアイアントのマスクの下には、少しつまらなそうな表情(気のせいかもしれないけど)をしたいつものクダリさんの顔があった。けれどそれもつかの間、すぐにぱっと口元に笑みを浮かべると、両手を私に向かって突き出してきた。


「…なんですか?」
「言ったでしょ、今日はハロウィン!だからトリックオアトリートほたる!おかしくれなきゃいたず」
「はいどうぞ」
「らしちゃう…って、え!ほたるなんでおかし持ってるの!?」
「クダリさん私が持ってない事前提で来てたんですかとんでもないですね。ちなみにお菓子は今朝ノボリさんにもらいました」


私は所謂どや顔というやつで、クダリさんの手の平にノボリさんからもらったキャンディーを数粒落とした。忙しいだろうに朝から職務の時間を割いてお菓子を持ってきてくれたノボリさんに全力で感謝したい。こうなる事を見越していただなんて流石双子の兄弟。


「えーなにそれ信じられない!ノボリいっつもぼくの邪魔する!」
「いい兄弟を持ちましたね」
「つまんないのー。…あ、そうだ!ねえねえほたるほたる」
「なんですか?お菓子渡したからもういいでしょう。私は帰ります」
「だめ、今度はぼくにトリックオアトリートして!」
「はい?いや私お菓子欲しくないので別にいいです」
「やだだめ!して!」


…面倒くさい。クダリさんがわざわざこんな事要求してくるって事は絶対何かあるに決まってる。そんな事分かりきってるんだけど、やらなければ意地でも帰らせてくれなさそうだしそれは全力でごめんこうむる。…つまり私には言う以外の選択肢はなかった。


「………トリックオアトリート」
「うん、分かったおかしあげるね!…あー!しまった、ぼく今おかし持ってなかったんだった!」
「白々しいにも程がありますけど」


にたにたしたいやらしい笑み(少なくとも私にはそう見える)を浮かべながらさも今気付いたかのように言われても、信憑性なんてゼロだ。いくらなんでも嘘をつくのが下手にも程がある。…まあ、隠す気なんてないのかもしれないけど。


「ごめんねほたる、今おかし持ってない。でも代わりにほたるだけにぼくのとっておきのおかしあげる!」
「…ぼくのとっておきのお菓子?」
「うん、ぼくのちゅー!」
「いりません気持ちだけで充分です本当にありがとうございました」
「遠慮だめ。いっぱいあるからねー」
「ちょ…ちょっとクダリさん、いくらなんでもほんとにしたらセクハラですからね」


にたにた笑いながらにじり寄ってくるクダリさんに流石にちょっとびびって非常ベルに手をかけると、流石にまずいと思ったのかピタリと動きを止めた。非常ベルなんて本当にに押すわけないけど、はったりには十分だったようだ。


「やだもーつまんない!せっかくのハロウィンなのになにもできない!」
「ハロウィンにキスする習慣なんてありません。……ところでクダリさん」
「なあに?」
「さっきお菓子持ってないって言いましたよね。本当ですか?」
「え、うん」
「という事は、トリックオアトリート…お菓子がないなら悪戯しても構わないですよね?」
「え」


私は腰にあるモンスターボールを掴み宙に投げた。勢いよく飛び出してきたのは私の唯一の手持ちである愛しいゾロア。ゾロアを見て私の言ってる事の意味が分かったようで、さっとクダリさんの顔色が変わった。今更後悔しても遅いですよ。


「え、え、やだほたるなにするつもり?ちょっと待っ、」
「ゾロア、クダリさんにかみつく!…ちょっと甘噛み気味で」
「きゃん!」
「ぎゃあああ!いたいいたいいたい!うわあんちっとも甘噛みじゃないよー!」


こうしてノボリさんとゾロアのおかげで、私は無事クダリさんから逃れて帰宅する事に成功した。次の日ノボリさんにお礼にとパンプキンパイを作って持って行くと、いいないいないいなずるいずるいずるいと喚いて煩かったのでついでにクダリさんにもあげたら大層喜んでいた。いつもだったらなにもなく過ぎていくハロウィンという行事が今年はものすごく騒がしかったけど、まあ、それもたまには悪くないのかもしれない。十年に一度くらいで十分だけど。




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