―――小夜視点



イズナさんが亡くなった日から、マダラは変わってしまった。
私に対する態度もだけれど、それ以前に昔とは異なり、優しさや人間らしさがなくなっていた。


私はマダラが会合や戦の準備に忙しい姿を見て、妻である自分は何も出来ないと思うと、自分が情けなく思えた。

ただ、私はもう、戦はやめて欲しいと思っていた。
イズナさんの様にマダラが傷を負って、命を落とすような姿は見たくない……。
屋敷に次々に運ばれる怪我人や死体を見てみると、私は戦を恐ろしく思えてならなかった。昔の自分は何も知らずに、のうのうと過ごし、我儘ばかりを言っていた。だから、戦の悲惨な状況を見て、あの頃の自分がいかに無知だったのかを思い知らされた。

私はマダラに何度も戦をやめるように言ってみたけれど、全く聞き入れてもらえず、無視をされ続けていた。
何故、マダラは私を無視するのだろうかと何度も考えてみては、やはり私の今までのマダラに対する冷たい態度が悪かったのではないかと思い至り、私はマダラに自分の気持ちを伝えようと決意した。

今は戦に近いから、マダラは気が立っているかもしれないけど、私が思いをしっかり伝えれば……私の気持ちを聞き入れてくれるのではないかと、淡い希望を抱いて、私はマダラの部屋へと向かった。



「………マダラ…入るわよ…?」



何も応答がなくて、私は少し襖を開けてみると、マダラは部屋の中にいなかった。
こんな夜中に何処に行ったのだろうかと、不安に思いつつ、私は真ん中に敷かれている布団を見つめていた。


……嗚呼、胸がどきどきする……。


私はマダラを愛していると自覚してから、マダラに対する想いを日々、募らせていた。
昔はマダラに抱かれるのが嫌で、私は寝室を別にしていたけど……今は、マダラに抱かれたいと心の隅で思っていた。

マダラに愛されたあの日々を取り戻す事が出来るなら…と思えば思う程に、私は今まで行った自分の行為に反省をしていた。

私は布団の上に座り、マダラの訪れを長い間待ち続けていると……

直に、廊下から誰かの足音が聞こえ、私はマダラが帰ってきたのだと嬉しく思い、胸に手を添えながら胸の高鳴りを必死に抑えていた。


――ビシッ…


襖が開いた瞬間、私は襖の方を向くと、マダラが私を見つめて立っていた。
私は先程から考えていた言葉を口に出そうと、うっすらと口を開けた。



「……マダラ…お帰りなさい…。」


「…………。」



私は何とか言うことが出来たが、マダラは冷徹な表情で私の方へと近付く。


「……マダラ…あまり、無理しないで……私は…貴方が心配なのよ…」



私は立ち上がって、マダラを見つめると、彼は私を無視して棚の方へと歩いていく。



「……実は…私、貴方に言いたい事があって……」


「……出ていけ、目障りだ」



私がマダラの背後に歩み寄ると、マダラは忍装束を脱ぎ捨てていた。よく見てみると、マダラの背中には沢山の傷跡があり、私は胸が苦しくなって、やはりこれ以上戦をするのは止めて欲しいという思いが強くなり、マダラが寝間着に着替えた瞬間、私はマダラに抱き付いた。
今こそ、マダラに自分の思いを伝える時だと、かなり緊張しながら私は口を開いた。



「マダラ……私、やっと気付いたの…」


「……聞きたくないな。第一、オレに話しかけるなと何度もお前に言った事を忘れたのか?」



マダラは私の腕を振り払うと、布団の方へと歩んでいた。
私はマダラに思いを伝えたくて、思わず、マダラの腕を握りしめた。



「……マダラ!ちゃんと、私の話を聞いて! お願い……!」


「しつこいぞ。さっさと部屋から出て行け」



マダラは私の腕を振り払うと、畳の上に私を突き落とした。


……すると、その時だった。


……また、あの吐き気が押し寄せたのだ。



私は口を押さえて、吐かないように身動きをとらずにいると、マダラが私に怒鳴り散らしていた。マダラから発せられる全ての言葉に傷付き、私は泣きたくなってしまったが、余りにも吐き気が酷いので、私は襖を開けてマダラの部屋から出ていった。



「………うぅっ……」



私は壁に体をもたれながら、必死に水のみ場へと向かっていた。
もしかしたら、悪い病気にかかっているのかもしれないと不安に思いながら、やっと辿り着くと、私は思いきり吐いてしまった。


今までで一番酷い吐き気で、何度も戻していると、背後から誰かが忍び寄っているのが分かった。


「小夜様……ですか?」


私が振替ってみると、その場にいたのはヒカクさんだった。
私は嫌な所を見られて恥ずかしく思っていると、ヒカクさんは私に布を貸してくれた。



「小夜様……お体は大丈夫ですか?」


「……最近、また吐き気が酷くて……」


「そうなのですか…。加代を呼んで参りましょうか?」

「……そうね…呼んできて貰えるかしら」


「かしこまりました…」



ヒカクさんは素早くその場から立ち去り、暫くすると、加代が私の元に走ってやって来た。



「ヒカク様から伺いました…小夜様…大丈夫ですか?」


「……ずっと黙っていたんだけど…私、最近…吐き気が酷いのよ……。」


「………えっ……!? そういえば、この前も小夜様は……あっ!」



加代は私を自室へと連れていき、襖を完全に閉めて、息を整えながら私にゆっくりと話し掛けた。


「小夜様……あの…不躾に伺いますが、月のものは来ておられますか?」


「……いいえ…私、それも心配していたのよ…」


「小夜様……! もしかしたら、御懐妊されたかもしれませんよ……!」


「……えっ……」



私は驚いて、言葉が出なかった。



まさか、マダラの子供を授かるなんて……


私は心臓の鼓動が早くなっているのを感じながら、自分のお腹を見てみた。


……この中に…マダラと私の子供がいるのかもしれないのね……



私は嬉しくなって、お腹を擦っていると、加代が泣きながら私に何度も良かったと伝えていた。
私は散々、加代に酷いことをしてきたというのに、加代は私の懐妊をとても喜んでいた。



「小夜様、明日、お医者様を屋敷に呼ぶよう手配致しますね! 嗚呼、この事をマダラ様がお知りになれば……」


「……あの…加代、マダラには言わないでね……」


「小夜様……?」


「私、マダラと今、仲が悪いの……だから、明日お医者様が来て、懐妊したかどうか、ちゃんと分かってから伝えたいのよ……」



私は加代にそう言うと、加代は納得してくれたようだった。

マダラは……もし、私が懐妊していると知ったら…喜んでくれるかしら……?


私は今のマダラとの状況を考えて不安に思いながら、夜を越していた。


―――……‥


朝になった。

今日から戦が始まり、暫くの間、マダラは屋敷には戻らない。彼は日夜を問わず、戦い続けているから私は不安に思い、本殿で願掛けをしていた。

屋敷は女中以外誰もいないから、人気がなかった。そんな中、私は内密にお医者様に診てもらうため、自室には加代だけを呼んでおいた。もうすぐでお医者様が来られるのだろうかと思うと、胸がどきどきして、居てもたってもいられなかった。



「小夜様…どうか、緊張なさらずに……」


「ええ…。分かっているけど、緊張が止まらなくて…」



私が手を握りしめながら待っていると、廊下から誰かの足音が聞こえて、お医者様がいらっしゃったのだと思い、正座をし直すと、加代が襖を開けてお医者様を部屋に誘導させた。



「奥様…お久しぶりです。お体は大丈夫ですか?」


「……はい。」


「……では、話は伺っておりますので、今から診察を始めますね。」


「……宜しくお願いします……」



私は近くの布団に横になると、お医者様の診察を長い間受けたのだった。

――……‥



「小夜様…診察を終えました。」


「……ありがとうございます…。」



私は布団から起き上がると、身だしなみを軽く整えて、お医者様の前に座った。すると、お医者様は次第に笑みを浮かべて、「おめでとうございます」と仰り始めた。



「小夜様、御懐妊でございます。」


「では……私のお腹の中には…マダラとの子供がいるのですね!」


「はい。お体には十分お気をつけて、お過ごし下さいませ。」


「はい……! あと、この事は内密にしてもらえませんか? 自分で直接マダラに伝えたいのです」



お医者様は納得されたようで、私に妊娠時の注意等を教えて下さってから、屋敷を発たれた。私は嬉しくて、部屋の外にいる加代を素早く呼んで、懐妊したと伝えると加代はいきなり泣き出してしまって、その場に正座をして何度も祝ってくれた。



「加代……私、嬉しいわ。マダラとの子供を授かって……幸せよ…」


「……小夜様…嗚呼、私は小夜様にお仕えして、本当に良かったです……!これ程、嬉しい事は御座いません!早くマダラ様にも伝えなくては……!」


「待って。加代……私は直接マダラに伝えたいのよ……。マダラが屋敷に戻った時に、ちゃんと伝えるわね」


「……かしこまりました。では、この事は内密にということで宜しいのですね?」


「ええ。マダラは…私が懐妊にした事を知ったら喜んでくれるかしら……?」


「ええ!マダラ様は必ず、お喜びになられると思いますよ! きっと、天におられるイズナ様も喜んでおられますわ」



加代がそう言った瞬間、私は加代の方を向いてしまった。
加代は……イズナさんが亡くなってから日が間もないというのに、私のためにここまで尽くしてくれて……。
私は加代の手を握ると、加代は不思議そうな表情を浮かべて、私を見つめていた。



「加代…ごめんなさいね……。私は貴方がイズナさんと愛し合っている様子を見て、ずっと嫉妬をしていたの…。私はイズナさんが好きだったから……」


「……小夜様……。」


「それで、何度も貴方に嫌がらせをしてしまって……本当にごめんなさい……。」



私は加代に頭を下げていると、加代は慌て始めていた。



「小夜様、どうか謝らないで下さいませ! 私は大丈夫ですから…!」


「でも……私は貴方にも…酷いことをしてしまって……」


「……小夜様、私に構わず…マダラ様と和解なさって下さいませ。マダラ様は小夜様を大切に想っておられますから…」


私は加代の優しさに思わず涙を流してしまった。今まで、何故…加代の優しさに気付く事が出来なかったのだろうかと、深く反省していた。
そして、加代の言う通りで……私はマダラと和解しなければならない。
マダラは私のせいで、酷く心が傷付いているにちがいないから……。



「加代……マダラはいつ、屋敷に帰って来るかしら……?」


「戦は長引きそうですよね……。ですが、マダラ様はお強い方ですから、心配は無用ですよ」



私は立ち上がって障子を開けると、今、戦に赴いているマダラの身を案じていた。



「加代…実はね、私はつい最近、マダラに対する想いに気付いたのよ……。」

「……小夜様…私は大分前から存じ上げておりました……。小夜様はマダラ様をお慕いしておられると……」


「……そうだったの…。イズナさんも気付いていた様だったから……マダラも気付いていたのかしら?」


「……いいえ、マダラ様は多分まだお気付きになられていないと思います。小夜様…早くマダラ様に御気持ちをお伝えして下さいませ……。」


「……そうね。早く、マダラに会いたいわ……」



私はお腹を擦りながら、美しく晴れ上がっている青い空を見て、マダラへの思いを馳せていた。


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