―――――小夜視点



私はあの日以来、彼と一切話をせずイズナさんの元に通いつめていた。


イズナさんは毎回申し訳なさそうにしていたけど、それは兄であるマダラの手前を考えての事なのだろうと思った。



私はいつも通りにイズナさんの部屋に行こうとすると、加代が泣きながら廊下を走っているのを目にした。


私は引き留めようと、加代に近付くと加代が驚いた顔をして私を見上げる。



「小夜様…!すみません…お見苦しいところをお見せしてすみません…」


「どうしたの?何かあったの?」


「いえ…!何でもないんです…!では、私はこれで…」



加代は顔を隠すように走って何処かに行ってしまった。
私はよく分からず、イズナさんの部屋に向かう。


そして部屋に着き、襖越しにイズナさんに話し掛ける。


「……イズナさん、入ってもいい?」


「……あっ!姉さん!いいですよ」



私は襖に手を掛けて、静かに部屋に入る。

イズナさんを見ると、包帯が沢山巻かれていて傷が悪化しているのは誰の目から見ても明らかだった。


最近では、人の手を借りないと起き上がることさえも困難だった。
私はイズナさんの元に駆け寄り、少し抱きながらイズナさんを起こした。


「大丈夫?」


「……まあまあです。姉さん、兄さんの元に行ってないんですか?」


「私は行きたくないわ、あんな人の所なんて」



いつもならイズナさんは笑って誤魔化していたが、今日はやけに心配そうな顔をして私を見つめる。



「兄さんと喧嘩したんですか?」


「……そうよ!あの人ったら、最低なのよ!イズナさん、聞いてくれる?」


「はい…フフ」



イズナさんは少し笑って返答する。

……良かった…少しでも元気にいてくれたら…


私はイズナさんを見つめていると、イズナさんが私に話し掛ける。



「何で喧嘩したんですか?」


「…あっ!そうね…この前なんて、本当に最低だったわ!私がせっかくあの人のために作った料理をあの人ったら……あっ…」


「やっぱり、あの料理は兄さんのために作ったんですね」



……しまった。


私は興奮すると、つい何もかも話してしまうのよね…


私は恥ずかしくなって、顔を俯かせてしまった。次第に頬が赤くなるのを感じて、余計に顔を伏せてしまう。



「やっぱり姉さんは兄さんの事を…」


「何?」


「いや、何でもないです!」



イズナさんは私に何かを隠すように笑って誤魔化した後、ゆっくりと外を見始める。


私は立ち上がって、半分まで開けられていた障子をしっかりと最後まで開けた。



「すみません、姉さん…」

「いいのよ……夏も終わりね…」



私は外を見つめては少し悲しくなった。

夏の終わりはどこか悲しい…

あの五月蝿かった蝉も今では木の下に転がっている。


……ふと、近くに蜩が泣き出した。



………カナカナカナ



美しい音色だが、どこか儚げで泣いているような音色だった。

蜩はこの辺り一面に響き渡るように鳴き続け、ふと鳴き止んだ瞬間…すべての力を出しつくしたように…全てを何かに託したように…地面に落ちて、死んでしまった。



私はその蜩を見つめていると、イズナさんが私に話し掛ける。



「姉さんと兄さんの子供…見たかったな…」


「……イズナさん?」


「……なんでもないです。……少し、寝てもいいですか?」


「分かったわ。じゃあ、私は部屋を出るわね」


「……すみません」



イズナさんはゆっくりと上半身を降ろして深い眠りにつく。

顔を見てみると、少し青白かった…

最近では顔色が日に日に悪くなる一方だったので、生気が失われているように感じてしまった。


私は嫌な考えを取り去るように、頭をふる。


……イズナさんは…きっと大丈夫よ…大丈夫…


私は誰もいない廊下を一人歩いていた。




――――夜になった。

昼間は涼しかったというのに、今夜はじめじめした独特な暑さがあった。
そのせいか、私は中々眠れず体を起こし、御簾を少し上げる。


今夜はとても大きい満月で、いつもより近付いているように感じた。



………あの日も同じような満月だった。


………あの人が私の寝床にこっそりとやって来た…あの日…


物語に出てくるような甘美で情緒的な訪れでは決してなかったが、あの時、私は少し嬉しかった。

………よく分からないけれど、あの人が私を抱き上げて微笑みかけてくれた時、胸の鼓動が早くなった気がした。



………何だろう…この気持ち…私は…あの人が嫌いなのに…私は…イズナさんを好きなのに…イズナさんは彼とは違って私に優しく接してくれるのに…

…………私はあの人にどんな気持ちを抱いているのかしら…?


すると花瓶に生けてある、わすれなぐさ が私の視界に入る。

この花は夏の初めまでの時期に咲き続けると聞いたが、あの人が摘み取ってくれた、わすれなぐさは夏の終わりである今でも美しく咲き続けている。


私は花瓶から一房のわすれなぐさを手にとり、見つめていると無性にあの人に会いたくなった。


花を花瓶に生けて、私はマダラの部屋に向かった。


私は無心になって、誰もいない薄暗い廊下を走り続ける…



…自分からあの人に会いたいなどと思ったことは初めてだった



私は部屋に着き、一呼吸置くと何やらマダラの部屋から話し声が聞こえた。


こんな夜遅くに誰と話しているのだろうと、少し開かれた襖から覗いてみると、マダラとイズナさんが部屋の中にいた。



……その時だった…


マダラはイズナさんから目を奪ったのだ…


月明かりに照らされたマダラの手や着物には赤い血が染まっていた。


そして自らの目を取り出して、手にしていたイズナさんの目を入れる。


私は余りの衝撃に言葉が出ず、襖に触れていた手が小刻みに震えた。



「…………イ…ズナさん…」



私は掠れた声を出して、ゆっくりと襖を開けて部屋に足を踏み入れる。



すると、目の前には目を押さえて倒れ込んでいたイズナさんと…


血にまみれたマダラが私を見つめて立っていた。

…彼は私が見たことのない目をしていた。

その目には黒くて独特な模様が描かれ、赤く染まっている。


……その目は薄暗い部屋の中にひどく鮮明に照らされていた…



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