第三十四話
あの夜を境に私達は和解をして、久方ぶりにマダラと寝床を共にした私は、幸せな気持ちで一杯になりながら朝を迎えた。マダラよりも早く起きてしまい、隣で眠っている夫を見つめていた。
ー本当に信じられないわ。マダラとこうして…わかり合えたなんて。
私はマダラの体にそっと寄り添い、顔を近付けた。規則正しい吐息で深く眠っているようだった。無防備に寝ている彼の鼻の先や頬に人差し指をそっと当ててみたり、ふっと息を小さく吹いてみたりと、小さな悪戯をして、一人でクスッと笑っていた。
そして、私は頬杖をつき、まじまじと彼の顔を見ると、本当に顔が整っていると改めて感心させられ、うっとりとしてしまった。
これ程まで整っている顔だから他の女の人にも好かれてしまいそうだと思うと、ふと、私は思い出したーマダラに愛人がいたことを。彼女は今でもマダラと関係を持っているのだろうか。良からぬ事ばかりを想像しては不安だけが募り、また、彼を独占したいという気持ちに駆られ、胸が締めつけられた。
すると、マダラは目を冷ましたのか、私と目があった。
「……おはよう…マダラ。」
マダラの事をずっと見つめていた事が分からないよう目を逸らし、素早くマダラから背を向けようとしたが、マダラは何かを察知したのか、私の上に覆い被さる。そして、薄笑いを浮かべ、私を見つめる。
「俺の事をずっと見ていただろう?」
「……そ、そんな事ないわ…気のせいじゃないかしら。」
「フン、お前の顔を見れば分かる。嘘をつくのは寄せ。」
「…………。」
私はマダラからの目線を逸らし、不貞腐れていた。先程思い出された女の人の事を考えると、素直になれない。
「……何か、考え事をしているようだな。何を悩んでいる?」
「……何で分かるの?」
私が悩んでいる事を当ててしまったので、少し驚いてしまった。
「俺を見くびるな。好いた女の思っている事など、顔を見れば分かる。」
マダラは飄々とした顔で言うものだから、私は顔が赤くなってしまった。
「……さぁ、言ってみろ。」
マダラがより一層私に詰め寄るので、私は降参してしまった。
「あの…マダラ……。貴方には他にも好きな人がいるんでしょ……? あの人とは…どうしているの?」
「………やはり、知っていたのか」
「……答えて!」
私は頑なに彼から目を背けて、布団を握りしめた。私達の間に沈黙が訪れると、余計に悲しくなってしまい涙を必死に堪えていた。
「……あの女とは別れた。だから、安心しろ。」
「本当なの…? 嘘じゃないのね?」
「ああ。すまなかった…小夜…。」
私は安心して布団で涙を拭おうとしようとした時、マダラは私を抱き寄せて、そっと耳打ちをする。
「……泣くな…。」
「だって…貴方に愛人が出来たと知った時…本当に悲しかったのよ……。」
私は彼の胸元に顔を埋めて、今まで溜めていた涙を一頻りに流した。
「……小夜…オレにはお前だけが必要だ。もう二度とあのような過ちはせん。」
「……本当? 絶対よ…。浮気なんかしたら許さないから…!」
私が強い口調で彼に言うと、マダラはゆっくりと頷いた。少し安心した私は涙を拭い、彼の体により密接した。自分からマダラに甘える事は初めてだから、次第に恥ずかしくなり、耳元が次第に赤くなりながら顔を俯かせてしまった。
「やっと、お前も素直に甘えるようになったな。」
「私は昔から素直よ。」
「……フッ、自覚がないとはな。」
「貴方みたいな頑固な人に言われたくないわ。」
「……全く、お前は本当に変わらないな。」
マダラは私を片腕で抱きながら布団から起きると、私のお腹に手を当てて嬉しそうな表情を浮かべた。その表情を見て、私はマダラの優しい気持ちを改めて感じた。イズナさんを失った今の彼には尚更、家族に対する思いは強く、私のお腹に宿っている新たな命に深い愛情を寄せているのだろう。
「……ねぇ、マダラ。貴方は女の子と男の子、どっちが良い?」
「どちらでも構わん。男なら…一族を託せるような強い子であってもらいたいが、女なら…お前と似た愛らしい子であって欲しい。」
マダラは私の頬に手を触れると、目を細めて私を見つめる。
「マダラったら……。」
私は少し恥ずかしくなり、思わず黙り込んでしまった。
すると、マダラは近くにある医療品に手を伸ばし、包帯と塗り薬を取り出すと、服を脱ぎ、巻いていた包帯を取った。その背中には深い傷が残っており、私は胸が苦しくなった。
「マダラ、私が巻いてあげるわ」
私は後ろから彼に近付き、彼から包帯と塗り薬を取った。マダラは少し驚いている様子だったが、私と向き合うように座った。
「……酷い傷ね。早く治ると良いけど……。」
私は胸にある痛ましい傷に塗り薬をそっと塗ると、マダラはフッと軽い笑みを浮かべて私を見つめた。
「フン、この程度の傷など掠り傷のようなものだ。」
「まぁ…! 本当に貴方って人は強がりな人ね。本当は痛いくせに。」
私は塗り薬を塗り終えると、包帯を少しずつ巻き始めた。しかし、中々しっかりと巻けないので、何回もほどいては巻き直し、次第に包帯に塗り薬が付着して包帯がベトベトになってしまった。
「あらっ? なんで…こう…上手くいかないのかしら?」
「下手くそだな。早く巻け。」
「何よ偉そうに…!」
私は腹が立って、マダラの胸を叩くと、やはり傷口を叩かれたからか、珍しくあのマダラが痛がって胸を押さえた。
「……っ!! 」
「あら、やっぱり痛いんじゃない。」
私は少し笑っていると、マダラが私を胸にぐっと引き寄せて、顔を近付けた。急な出来事に胸を高鳴らせながら、私はマダラを見つめていた。彼の真剣な眼差しを見ると、勝手に胸が高鳴っておかしくなりそうだった。そして、マダラは私の頬を指先でなぞり、唇にそっと触れる。
「……笑った顔は久方ぶりに見た…。」
「……マダラ……んっ…」
マダラは私に口付けをすると、頭の後ろに手を添えて更に深い口付けを交わした。
私は呼吸がし辛くなってマダラの胸板を押し返すが、マダラは私の背中に片腕を回し、私を逃さないようにしていた。ふと、マダラの顔を見てみると、彼は余裕な表情を浮かべて口付けを堪能している様だった。静かな部屋には妙な水音が響き、勝手に体が火照ってしまう。
「……小夜…」
「……マダラっ……」
マダラは耐えきれないのか、私を布団の上に押し倒し、顔を首元に埋めると、唇から位置を変えて首筋に口付けを落とす。その度に、私の体は勝手に反応して足をくねらせてしまう。
「……マダラっ…ちょっと待って…」
「小夜…」
無我夢中になっているマダラは、着乱れた着物から既に露出してしまっている私の素足にそっと指を滑らせる。
「……ぁ…! マダラっ…そこまでよ…!今はダメ…」
「……フン、俺が黙って言う事を聞くと思うか?」
マダラが私の着物の襟元に手をかけた瞬間、襖越しに誰かの足下が聞こえ、マダラは一度行為を止めると、襖の方を見つめていた。
「マダラ様、小夜様、おはようございます…。御食事の御用意が整いました。」
「……分かった。今行く」
女中さんが告げた瞬間、マダラは私から離れて、フッと溜め息をついた。
「……すまん、お前に無理強いをさせてしまった。」
「……もう…今度から気を付けてね。」
私は着乱れた着物を整えると、マダラから顔を背け、布団の方へと視線を変えた。実を言うと、先程のマダラの行為に余りにも胸が高鳴ってしまい、今でも胸の鼓動が収まらない。
「どうした?」
「……!」
私が色々と考えていると、マダラが私の顔を窺うようにかなり接近した状態で見つめていた。私は余りの近さに驚き、次第に頬が赤くなるのを感じた。
「……な、何でもないわ!」
「……ほう、まだオレに構ってもらいたいようだな。」
「違うわ! 私はただ……」
「……何だ、言ってみろ」
マダラは面白がるように口角をあげて嫌らしく問うものだから、私は恥ずかしさを隠すために、立ち上がって部屋から出ようと襖に手をかけた瞬間、マダラは後ろから私を抱き締めると、耳元で小さく囁き始める。
「……お前が子を産んでから、十分可愛がってやるからな。」
「………!」
その言葉を聞いた瞬間、私は一瞬にして顔が赤くなり、体が固まってしまい言葉を失ってしまった。
一方のマダラは「少しお前には刺激が強すぎたか」と高らかに笑い、私から離れて服を着替えていた。
「……其処に座っていないで、早く着替えろ。朝飯が冷めてしまうぞ」
マダラは私の頭を一撫ですると、襖を開けて広間へと行ってしまった。
私は我に返った瞬間、頬に手を添えてマダラの言葉に一人で酔いしれていた。
ー嗚呼、何という胸の高鳴りなのだろうか。
物語に出てきそうな甘い一時。こんな体験は初めてだから、上手く此の想いが伝えられない。私は何時も顔を背けてばかりで、どうしたら素直に愛を表現すればいいのだろうと頭を巡らせていた。