――ここはどこ?
私は背後から刃物で肩を刺され、気を失ってしまい、それ以降のことは全く記憶がなかった。
目を開けてみると、辺りは薄暗く、はっきりと周りの様子が見えない。意識が徐々に戻り始め、肩を中心に突き刺さるような痛みを感じる。そして、妙な肌寒さが背筋を伝った。
私は自身の体に触れると、飛び上がるように起き上がった。自身の姿を見てみれば、着物ははだけ、肌が露になっている。太股には白い液体が滴り落ちていた。状況が読み込めず、何も考えられない。心臓が身体を響かせるように拍動する。もしやと思い、隣を見て見ると、山賊の一人がぐっすりと寝ていた。私は恐ろしくなって体が固まり、自分がこの男に何をされたのかを悟った。あまりの恐怖に身体を震わせていると、男が何かを察したのか目を覚まし、瞼を擦り始めた。そして、私の方へと顔を向けると、いやらしい目で笑い始めた。
「もう、起きたのか。昨晩は楽しませてもらったぜ。さすが梅川屋の芸妓なだけあるな。」
私は少しずつ後退するが、その男に思い切りに手首を掴まれると、身を引かれ、倒れてしまった。
「さて、もう一回付き合ってもらうとするか」
「嫌!離して!」
私はその男を突き飛ばし、部屋を出た。すると、目の前に他の男達が現れ、いやらしい目をして笑っている。私は恐ろしくなって逃げ出そうとするが、肩を掴まれ、何人かの男によって連れ込まれる。
「逃げ出しても無駄だ!」
「さて、今度はオレ達の相手もしてもらおうかな?」
私は部屋の隅に追い込まれ、行き場を失った。
男の一人が私を抱き上げると、布団に投げ下ろされ、何人かの男たちに手首を押さえつけられた。力を振り絞りながら抵抗をするが、全く動かない。
もう駄目だと、恐怖のあまり目を瞑った。
……ああ…誰か…助けて…
そんな願いも虚しく、私は男達の傀儡へと成り下がった。
***俺は楼主が言っていた通りの場所に着いていたが、山賊共の隠れ家は中々見つからず、苦戦していた。小夜の身を思うと益々焦りを感じ、必死になって森を走り、辺りを探していた。
すると、目の前に女が走って此方に向かっていた。
「マダラ様ですか?私は梅川屋の芸妓です。助けに来てくれたのですか?」
女は髪や着物がかなり乱れており、逃げ出してきたような雰囲気だった。そして、息を切らせながら、俺にすがりつくように肩を握りしめ、懇望する。
「オレは山賊共を捕まえにきた。奴等はどこだ?」
「山賊達は人目につかないような場所に住んでおります。なので、私に付いてきて下さいませ。お教え致します」
俺はその女に付いて行き、薄暗い森の中を駆けて行く。山の大分奥まった場所に着くと、仄かな灯火が見えた。女は彼処だと指を指す。どうやら山賊共はこの洞窟にいるらしい。俺は女に礼を言い、洞窟に簡易的に作られた、古びた木の扉を開けて内部に入って行った。
洞窟内は薄暗く、狭い通路が暗い闇の先へと繋がっていた。慎重に進んで行くと、山賊達の笑い声が聞こえ始め、俺は瞬時にその男達の前へと姿を現した。
「なんだ?お前は…」
「こいつぁ…うちはマダラじゃないのか!?何故ここに…」
俺は刀を男の前で振り下ろし、
「オレは小夜を探している。小夜はどこだ」
と、男の鼻先に刀を近付けながら告げる。
「ふっ…知らねぇよ、そんな女。まぁ…今頃、お楽しみじゃねぇのか…ククク」
山賊共は厭らしい笑いを上げると、俺は怒りで血が上り、瞬時にその男を斬りつけた。
「貴様ら許さんぞ!!」
その瞬間、次々に山賊共が俺に斬りかかってくるが、オレは写輪眼を使わずとも、容易くかわしていき、刀一本で山賊共を斬り倒した。
「あの男はうちはマダラだ!お前ら、かかれ!」
男共の悲鳴が聞こえたのか、更に奥から山賊共が現れ、俺の前に立ち塞がる。
「このオレに、そんな武器が通用すると思うなよ…」
人数が増えようとも、俺は次々に山賊共を全員切り倒し、この洞窟内を駆け抜けて行った。そして、部屋にいる女達を救ってやった。無我夢中になって小夜を探していたが、この住処は非常に入り組んでおり、中々見つからない。
――小夜…無事でいてくれ……。
洞窟内の突き当たりに着くと、目の前には小さな扉があった。俺はその扉をゆっくりと開け、薄暗い部屋の中へと入った。妙に湿り気の多い部屋だった。鼻に付くような臭いもする。
その時、俺は背後に人の気が感じられ、瞬時に振り返ると、扉の後ろに男が隠れており、俺に斬りかかろうとした。俺は俊敏にかわすと、男の胸に刀を突き刺す。山賊の追手が来ない事を鑑みて、この男が最後なのだろう。俺は血塗れた刀を血振るい、腰に差した。
小夜はどこに居るのだろうか…。
そう考えていた時だった。暗闇に包まれた部屋の奥から、女のすすり泣く声が聞こえる。目を凝らしながら、その声の聞こえる方へと歩いていくと、部屋の片隅に女が背を丸めて、うずくまっていた。
その女は此方の方へと振り向いた。
……小夜だった。
俺は小夜に駆け寄るが、小夜は顔を背け、再びうずくまった。
「来ないで下さい……!」
小夜は声を震わせながら俺に言った。
「何故だ…オレはお前を救いに来た」
「……私はもう…貴方様に顔向けできるような女ではありません!」
小夜は、息を切らせながら泣き伏せていた。俺は小夜にゆっくりと近付いてみると、小夜が山賊共に何をされたかのか予想がついた。
「……小夜、もう大丈夫だ。オレがいる」
「……。」
俺は小夜を抱き締めた。
しかし、小夜は俺から顔を隠し、泣いたままだった。俺は恐怖で震えてしまっている小夜の手をとり、顔を見た。
小夜の顔はあの頃と変わらず、愛らしいままだった。細い髪が溢れた涙で、赤く色付いた頬に絡みつき、長い睫毛を震わせながら、美しく透き通った瞳で、俺を真っ直ぐに見つめている。
俺は、小夜がどのような目に遭ったとしても、全てを受け入れる覚悟をした。
「……小夜、オレの屋敷に来い。一緒に暮らそう…」
「……私はマダラ様の足を引っ張るような事はしたくありません。まして、今の私のような卑しい女をマダラ様の側になど……」
小夜は涙を溜めながら、必死に俺に懇願していた。俺はその様子を見て、小夜を守りたいという気持ちが強くなり、強く抱き締める。
「お前の身請けは決まっている。小夜、オレはお前を愛している……」
「……でも、……私は…もう……」
小夜は俺から目線を逸らすが、俺は小夜の頬に手を添える。
「……何を言っている…お前は今も昔も変わらず、オレの愛しい女だ…」
「……マダラ様っ……」
俺達は暫くの間、抱き合っていた。互いの温もりと鼓動を感じ、存在を噛み締めながら。腕の中に収まっている、この華奢な体が震える度に、愛おしさがより込み上げる。俺は小夜の顎を持ち上げると、そっと唇を重ねた。
――嗚呼、小夜。俺をここまで夢中にさせる女は…お前だけだ…。
もう二度と離すまいと、俺は小夜の唇を何度も紡いだ。
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