第十四話
俺は屋敷の庭で、イズナと修行をしていた。
千手との争いが激化している最中だったので、日々修行に励んでいた。

「それにしても、兄さんがあの子を身請けするなんてね…思いも寄らなかったよ。オレはてっきり、あれきりだと思ってたからさ。」

組手をしている途中、イズナは俺に顔を近付けた瞬間にそう告げた。

「お前と一緒にするな。オレはお前みたいに遊んだりはしない」

俺は、構えた状態から前足で踏み込み、拳をイズナに向かって突いた。

「よく言うよ。……隠しても無駄だよ。オレは知ってるんだから。兄さんが昔、色んな女の人と遊んでいた事位ね」

イズナは口角を少し上げながら、にやりと笑い、俺の技をかわす。

「……フン、お互い様だな」

俺はイズナが油断をした瞬間に、腹に蹴りを入れた。

「おっと…危なかった。兄さん、流石だね」

イズナは上手い具合に回避したが、俺の蹴りを少し食らってしまい、体がふらついていた。
俺は修行を一旦止め、イズナと共に近くの洗い場に向かった。
俺達は諸肌を脱ぎ、汗ばんだ体を拭いた。そして、竹水筒に入れていた水を一気に飲み干す。

「あの子のどんな所が気に入ったの?」

イズナは頬杖をつきながら、俺に言った。

「構わんだろう。何だ、気になるのか」
「まぁね、兄さんが今まで付き合っていた女の人とは雰囲気が違うし、あんなに執心するとは思わなかったから」

確かに、イズナの言う通りだった。
かつて俺と関わりのあった女は、他の男とも遊び慣れたような艶かしい雰囲気を持っていた。俺がうちはの頭領である事を良い事に、その権力や地位まで狙う女もいた。女という生き物は、その"程度"の物だと思っていた。
しかし、同じ女であっても、俺にとって小夜は異なっていた。
あの日以来、何故か俺は小夜に惹かれていた。
小夜を見た瞬間、何故か懐かしく思えたのだった。
俺が見つめれば視線を逸らし、白い頬を染めてしまうような幼い雰囲気ではあったが、恋を初めて知ったかのような仕草を見て、俺は愛しく思えた。最初は遊んでやろうと思っていたが、あの晩の共寝を境に、俺は無性に小夜を欲するようになった。小夜は一所懸命に俺に応え、全身で俺を愛していた。あの透き通った汚れを知らない瞳には、俺しか映っていなかった。
その美しい瞳に引き寄せられるように、小夜を愛してしまった。
小夜を他の男に取られたくはなかった。俺の側に置いておきたかった。
芸妓という身分から、中々会えない日々が続いていたが、先日小夜に久方ぶりに出会った時、胸の高鳴りが止まらなかった。
素人家の娘のような風貌で、芸妓とは思えぬ姿だった。
あの愛らしさを目にした時、思わず抱き寄せたくなってしまったが、小夜はあの妓楼にまだ“飼われている”身だ。しかし、あの小夜の涙を見てしまうと、思う通りにできぬ互いの身分を呪うと同時に、何もできなかった己の不甲斐無さに胸が苦しかった。


「兄さん…?」

イズナは俺に問いかけると、俺ははっと我に返った。

「ふふ、今、彼女の事考えてたでしょ」
「…………。」

イズナは妙に勘が鋭い。
女のような端麗な顔立ちをしているからか、イズナは昔から女との色恋沙汰が多く、このような事に慣れている。
俺は顔を背け、イズナの言葉に無視をし、長く伸びた髪を洗った。

「へぇ…小夜って子、少し興味が湧いちゃったかも。兄さんをこんな風にさせるなんて、ね…」
「なに…?」

イズナは人差し指を顎に乗せながら、挑戦的で鋭い目線を俺に向けた。
「興味が湧いた」と言う言葉に俺は反応し、顔を上げてイズナを見た。 

「…そんな怖い顔しちゃって…嘘だよ、兄さん」

イズナは口元に笑みを浮かべた。
俺はその揶揄いに対して苛立ちを覚えると、服を着てその場から去ろうとしていた。

「ちょっと待ってよ、兄さん」

イズナは俺の後を追いかけるが、俺は無視をして先程修行していた所に向かい、歩を進める。
その時、部下が急に俺の目の前に現れ、思わず立ち止まった。

「マダラ様、失礼致します。先日、梅川屋が山賊に襲われたとの知らせを入手したのですが……」
「どういうことだ…小夜は無事なのか…!?」

その知らせを聞いた瞬間、俺は胸騒ぎがした。
小夜に何かあれば…と、妙な事を考えてしまい居ても立ってもいられなかった。

「噂によると、女達は連れ去られたのではないかと。まだ確かな情報ではありませんが…」

俺が小夜の元へと向かおうとした瞬間、背後にいたイズナが俺の肩を握り、阻止する。


「兄さん、やめときなって。そんな事に首を突っ込まなくていいよ。また、新しい女の人を探せばいいし。それに、うちは一族の頭領が嫁を持たずに、芸妓に夢中になってる…とか噂を立てられたら、そっちの方が厄介だよ」

イズナは呆れたような表情を浮かべ、両手を広げながら肩をすくめていた。

「うるさい。オレは行く!」
「えっ…ちょっと兄さん!?」

俺は肩に置かれていたイズナの手を払い、無視をすると、即刻その場から離れ、梅川屋へと向かった。

***



俺は梅川屋に着き、外観を見ると、店が大分荒らされている事に気付いた。
この辺りで、山賊が妓楼を襲っているとは聞いていたが、ここまでとは思わなかった。
オレは固唾を飲みながら、店の内部に入った。
やはり、内部も大分荒らされ、店は間抜けの殻となっていた。女の着物や壊された家具が散らばっていた。
俺は益々不安になり、懸命に小夜を探すが、何処にも見当たらなかった。
妙な焦りが出始め、汗が首筋を伝った。
階段を上ってみると、日の光に反射して光り輝く物が目に入った。俺は目を凝らすと、そこには俺が小夜に与えた簪が落ちていた。
見つけた瞬間に俺はその簪を拾うと、小夜を一刻も早く救いに行こうと、一心不乱に階段を駆け降りた。そして、外に出ようとした瞬間、ある男が俺の目の前に現れたので、俺は思わず立ち止まり刃を向けた。

「お前は……」

その男は、先日小夜の身請けを交渉していた、ここの置き屋の主人だった。

「梅川屋の店主でございます。マダラ様……どうか、あの山賊共を捕まえて下さいませ!これじゃ商売が成り立ちません…!嗚呼、どうかこの通りで御座います」

楼主は俺の目の前で頭を垂れると、俺は、ある条件を提案した。

「……ならば…無償で小夜を身請けしたい。例の交渉を破棄し、これを承諾すれば、山賊共を捕まえ、盗まれた物を取り返してやる」
「いいですとも!小夜を貴方様に差し上げれば良いのですね?」

先日の交渉ではかなり渋っていた楼主だったが、店を失った損害が大きいのか、俺の交渉にすんなりと承諾した。

「ああ、オレは小夜が欲しい。それ以上の事は望まん」
「かしこまりました!山賊共は西の方角に向かって去っていきました。あの山奥に住んでいるかと思われます。奴等は中々手強いのですが、マダラ様の手に掛かれば…」

先程悲痛な表情を浮かべていた楼主が一変して、大笑いしていた。俺は、近くの窓を突き破って外に出ると、楼主が言っていた方角に即刻向かった。
あの日の朝に小夜を手放した自分自身を呪った。あの時、俺が小夜と別れていなければ、今頃小夜はこのような目に遭っていなかっただろう。


――小夜、無事でいろ。俺が必ず助けてやる。


俺は手の中にある簪を握りしめながら、小夜の元へと向かった。
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