第十三話
千手一族の宴会が行われてから数日が経った頃だった。

私はいつもと同じ様に、朝から芸の練習に励んでいた。
練習をする際は、宴席用の物ではなく普通の着物を着て、髪もおさげ髪にしていた。この姿だけ見れば、街中にいる娘と変わらないが、普通の娘とは違い、私達は身を削ってでも芸を磨かなければならない。

昼時になり、朝からずっと三味線を弾いていたので、大分疲れてしまい、自室で休もうとしていた矢先だった。自室に向かって廊下を歩いている時に、姉さんに呼び止められた。

「ちょっと、いい…?」
「……?……はい」

姉さんは小声で私に耳打ちをするので、私は何があったのだろうと疑問に思った。そして、姉さんに促されるままに部屋に入ると、姉さんは周りを気にしながら小声で私に話しかける。

「さっき、盗み聞きしちゃったんだけど、あんた、身請けの話が来ているらしいわよ…」
「……えっ……」

私は思いも寄らない出来事に驚き、頭が真っ白になった。
まさか、身請けの話が出ているとは思わなかった。
私はまだ一人前にもなっていない。況して、後ろ盾になるような権力者に気に入られたわけでもない。誰が引きとって下さるのだろうかと、頭によぎる。

「……その身請けの交渉をして下さっている方は、あの…うちはマダラ様よ…」

私は姉さんの言葉を聞いて、驚きのあまりに言葉が出なかった。
マダラ様が私の為に交渉して下さっていると思うと、嬉しい気持ちではあったが、その反面、身請けとなると高額なお金が必要になるので迷惑を掛けてしまうのではないかと思い、不安な気持ちになった。

「今ね、マダラ様がうちにいらっしゃるわよ!今、一階の部屋で交渉されていると思うわ」
「えっ…マダラ様が今こちらにいらっしゃるのですか…?」
「ええ、そうよ…!さっき見ちゃったわぁ。とっても素敵な方ねぇ…あまりにも美しい顔立ちだったから、見惚れちゃって…」

姉さんは両手を頬に添えて、うっとりとしている。

「まだ一階にいらっしゃいますか?」
「いるんじゃない?それにしても、あんたみたいな娘を気に入るなんてね…羨ましいよ、本当に」

私は居ても立ってもいられず、襖を開けて、一階にいるであろうマダラ様の元へと向かった。
マダラ様に会いたい一心で、息を切らせながら廊下を走り、一階の玄関口に吹き抜けに掛けられた回廊の所まで辿り着く。その時、一階からマダラ様の声が聞こえ、私は手摺りを握りしめ、一階を見下ろした。

「…マダラ様…!」

私が大きな声で呼ぶと、マダラ様は私の方へと振り向き、見上げた。

「小夜…!」

私は再び会えた事に嬉しくなり、階段を駆け降り、マダラ様の元へと向かおうとするが、楼主に止められた。

「小夜、みっともない真似をするでない。」
「…ですが…!」

私は抵抗をするが、店番の男達に取り押さえられ身動きがとれない。

「マダラ様、身請けの話はよくお考えになって下さいませ。小夜もこのようにして、待っております故…」
「……ああ。分かっている」

マダラ様は私を見つめていた。

やっとやっと…お会いできたというのに、私達は互いに手を取り合うこともできない。

私は涙を流し、マダラ様を見つめていた。あの日以来、何ヶ月も私は耐え続けた。マダラ様を想わなかった日々はなかった。愛しい方が目の前にいるというのに、私はその胸に飛び込む事すらできない。

「小夜、泣くな……必ず、お前を迎えに来る」
「マダラ様…」

マダラ様は私に告げると、目に見えぬ速さでその場から立ち去った。
私は力を失うように、その場にへたり込んだ。玄関の先にまだマダラ様がいるのではないかと、途方もない事を考えては、じっと、見つめていた。

「ふっ。あんな若造が芸妓を買いたいなどと…」

近くにいる楼主が私に告げると、私の顎を持ち、顔を品定めをするような視線を向ける。

「小夜よ、よくやった。お前のお陰で、大分儲けが入りそうだ。うちは一族の頭領がお前の様な小娘を見染めるとはな…」

楼主は私を床に叩きつけた。

「身請け話が出てるからと言って、怠けるんじゃないぞ」

楼主は私にそう告げると、下品な笑いを上げながらその場から去って行った。周りにいた姉さん達が私の元にやって来ると、私の身体を支え、「大丈夫かい?」と声を掛けてくれた。

「……姉さん、ありがとうございます」

私は姉さんに支えられながら、ゆっくりと立ち上がった。

「でも、マダラ様のもとに身請けされたら、あんたも幸せになれるだろうよ。身請けしてでも、あんたを欲しがってるんだからさ」
「………。」


――幸せ。


私もその言葉の通りに、マダラ様のお側で幸せに過ごす事が出来れば、どんなに良いだろうかと思っていた。
でも、芸妓に身を落とした私には、そのような言葉は淡い夢物語にしか思えなかった。

私は身体に力が入らなかったので、姉さんに支えながら自室に着いた。そして、薄暗い畳の部屋で壁にもたれながら、茫としていた。窓から差し込む僅かな日の光が視界に入り、曇った窓のガラスを手で少し擦り、外を見た。

雪が降っていた。
あの日と同じように町を白い粉で覆いつくすように。

私は、マダラ様がいる屋敷の方角を見ては、想いがより込み上げた。

***


寝支度をする時刻となった。
雪がまだ降っているのか、辺りは静かで物音すら聞こえない。
私は掛け布団をもう一枚重ね、暖かくした。
枕元にあるマダラ様からいただいた簪を見ては、自然と笑みが溢れた。その簪を見ると、何故か、マダラ様が側にいるような気がしたのだった。

そして、私は目をゆっくりと閉じて、眠りに就こうとした瞬間だった――
一階から、ガラスが破壊されるような激しい音がした。
私はすぐに起き上がり、襖の引き手に手を掛けようとした時だった。
部屋の外から、男の罵声と建物を壊すような音が聞こえ、恐怖のあまり体が固まった。
何が起こっているのか分からず、部屋の隅へと自然と身体が後退する。
私は枕元にある簪を握りしめた。

――マダラ様…助けて…!

唇が震え、涙が頬を伝った。
身を縮め、身体を震わせていると、部屋の襖が勢いよく開かれ、はっと顔を見上げる。

「何をしているの!?山賊が来たのよ!今のうちに逃げるわよ!早く!」

姉さんは私の手を引っ張り、部屋を飛び出した。無我夢中で息を切らしながら、廊下を走り、突き当たりの窓から身を投げ出そうと瞬間――

「おい!そこで何やってる!」

振り返ると、鋭い刀を持った大男が立っていた。
そして、口角を厭らしく上げて此方を見ている。
姉さんは窓から身を投げ出そうとした瞬間、男は刃物を投げ飛ばし、私の目の前で姉さんを刺した。

「きゃああああ!」

私は悲鳴をあげると、目の前が真っ暗になり、その場にへたり込む。

「おい、金づるの物は見つかったか?」
「ここにはないですぜ、兄貴。」
「おい、女は殺すなと言っただろうが!今晩の相手が減ったじゃねぇか。」
「すいやせん、でもこの女、逃げ出そうとしてたんで。」

二十人くらいの男達が私の目の前で集まっている。
男達は金目の物や気を失った姉さん達を片手で背負い、話し合っていた。
私は口元を震わせ、全身が震えていた。
この男達に捕まれば殺されてしまうと思い、身の危険を感じ、私は勢いに身を任せて逃げ出した。

「おい、待ちやがれ!!」

――その時、肩に何かが刺さった。
私は激痛のあまり、倒れてしまった。
血が止まらず、気が遠くなる……


私は気を失ったまま男に背負われ、何処かに連れて行かれてしまった。
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