第十二話
宴会が終わった後、私達は自室に戻り“今晩”の準備をしていた。柱間様に招かれていた私も、宴会用の着物を脱ぎ普通の着物に着替え、薄く化粧を施した。そして、マダラ様からいただいた簪を胸元に忍ばせておこうとした時、私は一度手が止まり、簪を見つめていた。

ーーマダラ様、申し訳ございません……。

今夜柱間様に求められれば、私はマダラ様を裏切ってしまう事になると思った。仕事上、拒む事ができない。己の仕事に益々嫌悪感が増した。しかし、柱間様はお優しい方であるから、私が拒めば許して下さるかもしれないという期待も抱いていた。
私は複雑な気持ちであったが、簪を胸元に忍ばせる。すると、女中さんが襖越しから、「柱間様がお呼びでございます。身支度等はよろしいでしょうか?」と伝えに来た。

「はい。大丈夫です。」
「では、ご案内いたします。」

私は女中さんに案内されて、柱間様の御部屋に向かった。マダラ様の御屋敷と同じ位に大きい屋敷であった。着くまでに長い間廊下を歩いた。そして、案内された部屋に着き、女中さんは「柱間様、夕顔様をお連れ致しました。」と襖越しに柱間様に伝えた。

「おお、そうか。入れ。」

柱間様の声が聞こえたので、私は案内をしてくれた女中さんに一礼をし終えると、襖越しから柱間様に「失礼致します。」と伝え、部屋に入った。
部屋の隅にある灯籠と月の光と共に僅かに照らされた少し薄暗い御部屋に柱間様は座っていた。寝間着に着替え、近くには布団が敷かれている。私は少し緊張しながらも、柱間様の元へとゆっくりと歩み寄る。柱間様も少し緊張しているのか、私と目が合うと視線を変え、頭を掻きながらそわそわとしている。

「今夜はお招き、ありがとうございます。」
「礼など要らぬ。……実はこういうのには慣れていなくてな」

ははは、と柱間様は笑うと、頬を僅かに染める。私は柱間様の隣に座り、柱間様を見つめた。

「やはり、化粧をとると変わるな……でも、なかなか可愛らしいぞ。」

柱間様はちらちらと視線を此方に向けながら、私に言った。

「ありがとうございます。」

私は褒めていただいて、嬉しい気持ちになった。
そして、柱間様は障子を開けると、夜空をじっと眺めていた。

「今夜は月が綺麗ぞ。」
「そうですね……とても綺麗……」

柱間様にお酒を注ぎつつ、私達は暫くの間、今夜の舞の事や、柱間様の趣味の話など他愛のない会話をしていた。そして、家族や兄弟の話をしていると、柱間様はふと、悲しそうな顔をして私に言った。

「……お主に話したいことがあってな……オレの友の話なんだが……聞いてくれるか?」
「……はい。」

柱間様は少し息を吐き、ゆっくりと言った。

「……昔、互いに夢を語り合った友がいてな。ある時を境にオレ達は敵同士になってしまった……。オレは今でも腑を見せ合いたいと思っているのだが、どうしても争いは止まらない……今日の宴会を見ているとな、こんなことをしていて良いのだろうかと思う。こんな暇があるならば、今でも争いを止める術を考えなくてはならない…。オレは子供達を守り無駄な争いはしたくないのだ。平和な世を作りたいだけだというのに……はぁ…すまんな。色々と話してしまった…。そなたを見ていると、何でも話してしまおうと思ってしまう…… 」

柱間様は視線を下に向けながら、悲しい表情を浮かべていた。

「……いいえ、大丈夫です。柱間様、どうかその御考えを捨てないで下さい。……私も平安な世を望んでおります……貧しい子供達も救って下さいませ。」

私はその話を聞き、思わず言ってしまった。私も貧しい家の出だったので、人事には思えなかったからだ。身分の無い自由で平和な世の中であれば良いと何度、心の中で叫んだだろうか。

「……夕顔……分かってくれるのだな……?」
「はい。」

私と柱間様は暫くの間、見つめ合った。時が止まったかのように、長い沈黙が訪れる。柱間様の目線が先程とは異なり、瞳が強く揺らいでいる。その目からは熱い感情を感じ取る事ができた。すると、柱間様は私の腰に腕を回し、抱き寄せようとした瞬間ーー私はその衝動で体が傾き、胸元に忍ばせていたマダラ様からいただいた簪を落としてしまった。

「……お主、それは……!」

私は柱間様に感ずかれてしまったのかと思い、顔を伏せる。

「………マダラの母上のものではないか!お主はもしや…マダラの……」
「……いいえ!……これは……その……」

私は何も言えず、頭を伏せたまま黙りこんでしまった。

「……お主は……マダラの恋人なのだろう?……オレには分かるぞ。これはマダラが幼い頃に大切に持っていたものだ……。……いやぁ、危なかった……オレは友の恋人を口説くところだった…」

ーーマダラ様の恋人……。
私はその言葉に胸が熱くなる。しかし、私は芸妓だ。そのような者が恋人などあり得ないのだ。

「私はマダラ様の恋人ではありません。私は芸妓です……そのような関係ではないのです。」

私は柱間様に申し上げているうちに、悲しくなってしまった。すると柱間様は私の肩に手を置いた。

「自ら卑下するのではないぞ、夕顔。お主はマダラの恋人だ。その簪をお主に渡したのは余程お主に惚れているのだ。……オレには分かる。」

柱間様は私の手をとり、簪を返してくださった。私は顔をあげ、ふと柱間様を見てみると、笑みを浮かべ、とても優しい顔をしていた。

「今夜は、語り明かそうぞ!マダラの幼い頃の話をしてやるぞ!」
「……はい…!」

その晩、私は柱間様と飽きることなく語り明かした。
マダラ様の意外な一面も知ることができて嬉かった。
その反面、何故このお二方が争わなくてはいけないのだろうかと悲しく、複雑な思いがした。

***


日が昇り、いつの間にか朝になっていた。
私は柱間様の布団で仮眠を少しとっていた。柱間様は本当にお優しい方で、私が風邪をひいてはいけないからと仰り、私に布団を貸して下さったのだ。その傍らで、柱間様は畳の上でお休みになられていたので、本当に申し訳ない気持ちになった。
私はそろそろ出なくてはいけなかたったので、身支度を整え始める。

「もう起きたのか。……お主は偉いな。その年でよくできたおなごぞ。」
「……慣れておりますので…。あと、布団をかしていただきありがとうございました。私のような者に……」
「いや、礼はいらんぞ!オレは当たり前な事をしただけぞ!……だが、お主とはもっと話をしたかった」

柱間様は名残惜しそうな顔をしていらっしゃった。私ももっと話したかったが、心の中で抑えた。でも、一つだけ伝え申し上げたいことがあった。

「柱間様、一つだけ…御願いがございます。」
「何ぞ?」
「……どうか…マダラ様と和解してくださいませ。お二方には無事でいて欲しいのです」
「……夕顔、大丈夫ぞ。オレは夢を捨てていない…いつかこの世を平和にしてみせるぞ。」

柱間様の真剣な面持ちに私は一安心した。
そして、柱間様に深々と頭を下げて礼を申し上げた。

「では、この度はどうもありがとうございました。楽しく過ごさせていただきました」
「オレも楽しかったぞ。……また会えるといいな。」
「そうですね…いつかまたお会いできれば…。」

その瞬間、私と柱間様は互いに名残惜しむように視線を交えさせた。

――平和な世が訪れ、いつかまた、柱間様とお会いして、お話をする事ができれば……。

私は柱間様に頭を下げ礼を述べると、部屋を出た。

昨日よりも冷たい空気が流れ、物音がない静寂な時が流れている。
私は襖の引き手から手を離すと、右手にある長い廊下を歩き、姉さん達の元に向かった。
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