昼休み、人がまばらになった教室。購買にパンを買いに走るひとや、中庭のベンチでお弁当を広げるひとが居る中で、私はいつもと同じく窓際の一番うしろ、風に煽られてふわりと揺れるカーテンの影のかかる席に腰を落ち着けていた。降り注ぐ太陽の光はちょうど真っ直ぐに校舎に差し込んで来る時間で、ともすれば暑さで焼かれてしまいそうになる日もあるその陽射しは、然しあと数時間もすれば生徒の眠気を誘う柔くあたたかなものに変わるだろう。

「あーもうやだ、かっこいい…。」

「はいはい」

机の上に広げられたお弁当箱の中身は、まだほとんど手つかず。溜息をつきながら箸をおいて、開いた両手で顔を覆いながらはきだした私の言葉を、向かい合って昼食をとる友人は、また始まったと言わんばかりの冷めた声で簡単に流した。そんなに好きなら告白すればいいのに、と、そういう友人の視線の先にいるのは、笑顔と、くるくる変わる表情の魅力的な、私の、好きな人。先輩がよく遊んでいる校庭の一角がこの教室から見えることを発見したときから、こうやってお昼休みには窓際を陣取って、窓の外を眺めるのが日課になっている。

「無理だよ!知らない人にいきなり告白されても先輩困るじゃん!気持ち悪いだけじゃん!」

「あたって砕けてみなよ。」

「砕けたくないよー!」

3年6組、テニス部所属の菊丸英二先輩。かっこよくて優しくて、人好きのする笑顔と、誰にでも気さくに接してくれる社交性。あのテニス部でレギュラー入りしていて、その強さは全国区にも匹敵するらしい。ここまでモテる要素が揃っているのだから、きっと知らない人に告白されることもよくあることなのだろう。相手を傷つけずに断る術ももってるんだと、思う。だからそういうのを言い訳にしているのは、ただ私が臆病で、そしてそのいっぱいいるファンの女の子の中の一人になってしまうのが嫌だっていうわがままからだ。いつもと同じ場所、いつもと同じやり取り。彼に恋をしたあの日からずっと、こうやって好きの気持ちを募らせてはうだうだと悩み続けている。窓枠の向こう側、水道近くで同級生らしき数人と水遊びを始めた先輩がきらきらと輝いて見えるのは、水滴が反射しているから、だけじゃない。

「でも、別に喋ったことないわけじゃないんでしょ?」

「そう、なんだけど…。」

友人からの問いかけに、歯切れ悪く返事をして、小さな唸り声を上げた。だって、覚えてるわけないんだから。私が先輩を好きになったきっかけの日、ほんの一瞬の出来事だったけれど、今でも色鮮やかに思い出せる。否、むしろ時を経て思い出が更に色濃く脚色されたような気さえしてしまうほどに、あの春の日のことは、忘れられるはずのないものだった。─私の中では。それを先輩にも求めるのなんてお門違いなのは分かっているから、期待なんて絶対しない。いいんだ、ガラス窓一枚隔てた先、二階の教室と校庭。そのくらいが、ちょうどいい。
ぼーっと眺めていた校庭の人口がまばらになってきたころ、隣からきこえてくるごちそうさまの声に時計を見ると、もうすぐ昼休みが終わる時間だった。



01.息がまともにできません
20170809





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