「めり〜〜!くりすま〜〜す!」
「………ま〜す」

シャンパンを注いだグラスを高く掲げて、声高らかに言ってみたけれど、向かいに座る彼ーー菊丸英二の返事は芳しくない。わかりやすく唇を尖らせて不機嫌を露わにしてくる様子は、いっそ清々しいほどだ。はは、と思わず引きつった笑いを零してしまう私の気持ちも、分かってもらえるだろうか。「菊丸さあん、」と情けない声でその名を呼んだなら、返ってくるじとりとした視線。

「どうしてそんなに怒っているのですか。」
「わかんない?」
「………わかります。」

わかります、わかりますとも。わかりますが、これに関してはしょうがないじゃない、と声を大にして言いたいのだ。
事の発端はたぶん11月28日、つまり、彼の誕生日。その日、諸々の、それはもう諸々の、どうしようもない事情が重なりに重なった私は、大事な大事な彼の誕生日を覚えていたにも関わらず、一切お祝いすることができなかった。会いに行くことはもちろん、電話も、メールすら。でも、これに関しては解決したのだ、したはずだったのだ、それなのに。

「彼氏の誕生日はお祝いしないのに、おチビの誕生日は全力でサプライズしちゃうって、どういうことなのさ〜?」

そう、つまりは、12月24日、中学時代の後輩であり、大学生になった今でも交流のある、越前リョーマくんのお誕生日を経て、この拗ねっぷりなのである。

「いや、だからね、あれはほら、桃とか海堂くんとかにもお願いされてね?かわいい後輩の頼みだし、大事な後輩の誕生日だしって、ね?」
「ふぅん、それで、かわいくて大事な彼氏の誕生日は?」
「うっ……」

ぐうの音も出ないとは、まさにこの事である。祝いたくなくて祝わなかったわけじゃないところが悔しいけれど、そういうことではなく、祝ったか祝ってないか、その事実が今は大切なのだ。

「ど、どうしたら機嫌を直してくれるでしょうか。」
「そーだなー、俺の今一番欲しいもの、プレゼントしてくれたら許してあげる。」
「菊丸の、一番欲しいもの…?」

突然の申し出に、思わず首をひねった。今日はクリスマスというイベントの日。もちろんプレゼントを用意していないわけはないけれど、これが彼の一番欲しかったものかと言われると、あまり自信があるとは言い難い。それでも、今この瞬間彼に差し出せるプレゼントと言えば鞄の底に忍び込ませた四角い箱しかないから、赤と緑のチェック柄の包装紙に包まれた其れをおずおずと差し出してみる。「お?」なんて言って箱を受け取ってこちらを見つめる菊丸に、どうぞ開けてくださいと言うように促してみて、

「わ、すげー!かっこいい!」
「ほんと!?」
「うん、ゴツめのシルエットのやつ欲しかったんだよねん。」
「よかったあ。男の人でもあんまりゴツゴツしたのだと邪魔になっちゃうかなあって思ったけど…」

いそいそと箱の中からわたしの選んだ腕時計を取り出して、その左手にくるりと巻き付けたなら、きらりと輝く瞳でいろんな角度から眺める姿を見て、ほっと胸をなでおろす。そうして、ひと通り堪能したのか腕時計を光に反射させるように持ち上げていた腕を下ろした菊丸は、じぃっと私を見つめて、

「で、も、…ざんねーん」
「え?」

そう言って目を伏せながらを振った後、ぐい、と此方に顔を近づけて来る。間近に見える菊丸の口元は、にんまりと弧を描いた。反応からすれば、渡したプレゼントは彼の気にいるものではあったはず。けれど、どうやら"一番欲しいもの"をプレゼントすることは出来ていなかったようで、それじゃあ、

「俺のいっちばん欲しいものなんてさあ、」
「うん、」
「名前しか無いじゃん?」
「え、きく、」

ゆっくりと間を空けながら言葉を紡ぐくちびるをじっと見つめて、彼の言葉を待っていたなら、耳に届いた"答え"にぱちくりと瞳を瞬かせる。彼の名前を呼ぼうとした声は、彼によって飲み込まれた。まるでじっくりと味わうように何度も何度もくちびるを重ねられて、息もできないくらい。「きく、ま、…まっ、て…!」隙をついてやっと抵抗の意を示したけれど、その言葉は途切れ途切れで、彼の胸を押す力も、弱々しかったに違いない。奪われた酸素を取り戻すように息を整える私を見つめる菊丸の瞳からは、不服がありありと伝わってきて、「許して欲しくない?」なんて、拗ねたように聞いてくるもんだから、こちらの答えなんて1つしか無くなるわけで。

「………欲しい」
「じゃ、やっぱりおとなしく俺にもらわれて」

そんな言葉と共におでこに軽いキスをプレゼントされれば、ソファーに座っていたはずのわたしはいつの間にか菊丸にお姫様だっこをされていて、優しくベッドの上に下された時にはもう既に菊丸の瞳は"男の子"になっていた。ドキドキと心臓は早鐘を打って私の体を火照らせる。するりと私の太ももを撫でつけた菊丸の左手に巻き付けられた銀色の腕時計だけが、ひんやりと冷たかった。

(160129)




.
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -