爆豪くんが好きだ。そう気付いた瞬間にわたしの毎日は目まぐるしく変わって行った。おはよう、爆豪くん。爆豪くん、次はなんの授業?爆豪くんったら何怒ってんのさあ。爆豪くん、一緒にご飯食べよー!あれ、爆豪くん今帰り?毎日毎日、そうやって何気ない一言を投げかけるたびに、爆豪くんは決まって同じ顔をするのだ。私が爆豪くんを好きだと気付いた日、私が爆豪くんに好きだと伝えた瞬間と、おんなじ顔。不思議なものを見るかのようにちょっとだけ目を大きくして、そうしてすぐに眉間にぎゅっと皺の寄ったいつものおこりんぼな顔に戻る。それが彼のどういう気持ちを表しているのかは私には分からなかったけれど、でも、その瞬間だけは、私が爆豪くんのこと好きだって言ったあの時のことを思い出してくれてるのかなって思うと、かなり嬉しかった。その顔を目に捉えた瞬間、私の口元はゆるゆると緩んで、「キメェ」といつもの暴言をお見舞いされる。そんな、日常。だった。

「おーいみんなで写真撮ろうぜー!」
切島くんがそう呼びかける声が聞こえたら、みんな赤くなった目を楽しそうに細めて、黒板の前に集まる。私もその声につられてそちらへと寄って行けば、「はいはい名前はここねー!」って、美奈ちゃんが私の位置を指定してきた。言われるがままに其処に立っている私の隣に迫る、騒がしい声。
「ほら爆豪も撮るぞ!」
「あぁ!?いらねーよ別に!」
「いいからいいから、みんなでって言っただろ!ほら!」
「チッ、分かったから押すな!自分で歩けるわクソ、が……ア?」
「あは、お隣空いてますよ」
「………っぜ、」
なるほど私の位置指定はそういうことだったらしい。不機嫌丸出しで切島くんと上鳴くんに連れられて来た爆豪くんは、私の隣にぽっかりと空いた空間を見て更に眉を吊り上げた。かと思えば、直ぐに視線を逸らされてしまう。警戒心の強い猫ちゃんは、構い続ければいつか心を許してくれるけれど、爆豪くんの心の扉はなかなかに硬いらしい。まあ、アプローチの方法を間違えた感じは、否めないけれど。
「爆豪くん、今日一緒に帰らない?」
「はぁ?なんでテメェと」
「いいじゃん、一緒の方向なんだし。」
「そんなん、」
「ね、最後にするから。」
あ、ほら、いつもの顔。吊り上がった目を少しだけまあるくした爆豪くんが、何か言葉を紡ぐ前にその腕を引っ張ってしまおう。みんなに「またねー!」って手を振る私と、「おい!っざけんなよ!!」って叫ぶ爆豪くん。みんなの瞳の色は優しくて、ああまたやってるよ、って思ってるのが手に取るように分かっちゃう。ばいばい、じゃなくて、またねって言ったのは、卒業してもきっとまたヒーローとして出会えるから。でも、今日でばいばいしなきゃいけないものが、ひとつだけ。

爆豪くんの肩越しに見える、青く透き通った空。冬を終え、春を迎える準備をしている季節に吹く風は、あたたかさの中にほんの少しの切なさを混じらせていた。寮の部屋の片付けは明日から数日かけてやっていいとのことで、今日はほとんどの人が家に帰るらしい。学校帰りに歩くには、少し懐かしいかつての通学路。観念した爆豪くんは、もう手を引っ張らなくても私の少し後ろを一緒に歩いてくれる。不機嫌オーラは、笑っちゃうくらいむき出しだけど。
「いい天気だねぇ。神様がおめでとーって言ってくれてるのかな?」
「バカじゃねぇの」
「爆豪くんは最後まできびしいなー!」
爆豪くんを振り返りながら、後ろ歩き。彼の相変わらずの暴言をケラケラと笑い飛ばす私を、爆豪くんはじとりと睨みつける。そのくちびるがほんの少しだけ開いて、けれどなにも紡がずに閉じてしまうから、「ん?」と、立ち止まって首を傾げてみた。
「…ンだよ、」
「え?なになに?」
「あ゛ーーークソ!!だから!最後ってなんだよ!!似合いもしねぇしみったれた顔しやがって!」
「……なにって、だって今日で卒業じゃんか」
「別に会いたくなくてもどうせどっかで会うだろうがよ。」
「それはそうだけど、そうじゃなくてさ、」
「なにがちげんだよ。」
つま先でたんたんと地面を叩いて、これでもかというくらいにイライラを表に出す爆豪くんを見て、私は笑う。笑ってるのに、爆豪くんはしみったれた顔、なんて言うんだ。気付いてくれなくていいのに、そういうのに気付いちゃう繊細なところが、やっぱりずるい。
「…私、爆豪くんのことが好きだよ。…好き、だったよ。」
「……オイ」
「これを、最後にするんだよ。ごめんね、ずっと鬱陶しかったでしょー!いい加減付き纏われるのもめんどくさいだろうし、ちょうどいいタイミングですっぱりこの気持ちにさよならしよって思って!」
それだけだよ、って本当に何でもないようなことを言うのと同じテンションで、爆豪くんにそう告白した。くるりと体を正面に戻して、何事もなかったように歩き出す。この帰り道で最後。そう決めてた、のに。
「…勝手なこと言ってんじゃねぇぞ。」
低い低い爆豪くんの声。予想もしてなかった言葉が突然鼓膜を震わせるから、もう一歩進もうと持ち上げた足を、前に進むことなくそのまま戻してしまった。ゆっくりと振り返ったときの表情は、笑顔を作れていただろうか。驚きの気持ちがあまりにも強くて、引きつっていたかもしれない。もう一度振り返って見た爆豪くんの表情は、怒っているように見えたけれど、その瞳に怒りの色は見えなかった。まっすぐで真剣な瞳が私を捉えて、その綺麗な赤色のなかに映り込む私の顔は、やっぱり笑えてなんかいなかった。
「…好きだった?テメェがあんだけ毎日うざったく付き纏って来たんはそんな簡単に諦められる理由からかよ。」
「そ、そんな簡単じゃないよ!私だってたくさん考えて、そっちの方が爆豪くんのためだなって、」
「ハ、自分の都合のくせに俺のためだとかほざいてんじゃねぇ。」
「そ、!れは、そうだけど…。」
爆豪くんはいつだって正しくて、でもその正しさが今はくるしい。それはきっと、逃げようとしている後ろめたさが、私のどこかにあるから。彼の鋭い瞳はそれも全部お見通しで、「気色ワリィ顔しながら笑われてもイライラすんだよ。テメェは俺のことが好きなんだろーが!」ああもう、そんなこと言っちゃえる人、本当にいるんだって感心しちゃう。自信過剰が過ぎるけど、それが爆豪くんなんだった。そんな爆豪くんだから、好きになったんだった。
「…〜〜っ、そうだよ!!!ずっと好きだったんだから諦められるわけないでしょ!も〜〜、ほんとに後悔しても知らないんだからね!?一生好きで居続けてやる!」
「おう、臨むところだ!テメェには図々しいくらいが丁度いいわ!泣いて逃げるようなモブ女じゃ俺に釣り合うはずもねーからな!」
自棄になって思い切り啖呵を切った私に向けた、満足げな爆豪くんの笑顔は、どう足掻いても悪役のソレだったけれど、 そんなことよりも、爆豪くん、自分で気付いてるんだろうか。あんまりにも可笑しくって、思わず笑い出した私を、爆豪くんは不審そうな目で見てくる。コイツついに頭がおかしくなったか、って顔。
「…ふ、」
「あ゛?」
「ふふ、あはは、アハハ!ば、爆豪くん、それちょっと、ツンデレが過ぎるんじゃない?それって"俺に釣り合う女になれ"ってことでしょ?もー、ずるいなー、ここに来てまた好きにさせてくるかー!」
「な、!!!??テメ、勝手に変な解釈してんじゃねーぞコロス!!!!」
「ふふふ、照れ隠ししちゃって〜!爆豪くんは私に追いかけられたくって仕方ないみたいだからなあ、もう。しょうがないなあ。」
「テメェの頭は花畑か!!!気持ちワリィこといってんじゃね、オイ、聞け!!!」
恋が成就した訳じゃないし、爆豪くんが私のことを好きになったわけでもない。それでも、無意識に口に出してしまった言葉の中はきっと全部本当だから。気持ちにちゃんと応えないくせに好きでいろなんて、残酷だという人もいるかもしれない。でも、好きでいていい権利を貰えるって、それだけで随分と幸せなんだってことが分かったから。耳まで全部真っ赤にして、びっくりするくらい目を吊り上げて怒る爆豪くんが見られる、今はただ、それだけでじゅうぶん。だって、彼に釣り合う女の子になれたその時にはきっと、またひとつ幸せを知れるような気がするから。
「ねぇ爆豪くん、せっかくだし寄り道して帰ろっか!」
「行くかボケ!…おい、行かねーぞ。ッオイ!!!」
言葉ではそういいながらも、結局追いかけて来てくれる爆豪くんは多分、私をきちんと家まで送り届けてくれるだろう。プライドが高くて、怒りっぽくて、けれどなんだかんだ優しいひと。そんな爆豪くんに、今日も「またね、」って手を振れるから、ああ、明日も楽しみだな。


(20170815)




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