きらきらの笑顔、そんな言葉が似合うくらいにいつも楽しそうな菊丸くんは、中学にあがってもっともっと楽しいことを見つけたみたいで、放課後になると大石くんを引っ張ってどこかにすっ飛んでいく。彼がテニス部に入ったんだと知ったのは高校一年生も半分くらいすぎた頃で、その日の帰りに寄った本屋さんでは、気が付いたらテニスのルールブックなんかを手にとっていた。これは、思ったより重症かもしれない。

二年生にあがって、めきめきと身長が伸びて、体つきもなんとなくがっしりして、重たい荷物をひょいと持ち上げちゃうようになった男子と、まるみを帯びた体に、ぷるぷるの唇、かわいい洋服の載った雑誌を先生にバレないように持ってきてはきゃあきゃあと可愛らしくはしゃいでいる女子の間には、必然的に"好き"って感情がうまれてくるらしい。私ね中原くんがすきで… え、ほんと!?応援するよ! 谷口くんってちょっとかっこよくない? わかるー! なんて会話の中には、近頃力をつけてきているらしい男子テニス部の名前がよく出てきて、菊丸くんの名前が出てくると、なんとなく気持ちがざわざわするのだ。

放課後のテニスコートにギャラリーが絶えなくなった三年生、念願の全国優勝を果たしたテニス部は、引退の時を迎えたようで、いつもいつの間にか教室からいなくなっていた菊丸くんや不二くんが放課後に教室に残っている姿はなんだか慣れない。

そうして迎えた卒業式は、学校中が別れの言葉で溢れかえっていた。校庭や校舎のなかの至るところで行われている写真撮影を避けて、校舎裏のサボりスポットで一息つく。三年生にあがったころにやっと気付いた菊丸くんへの気持ちは、結局伝えることはなくて、さっき見た不二くんや手塚くんみたいに、菊丸くんも女の子に追われていたりするんだろうか。友達と交わしたさよならの言葉を思い出してまた流れようとする涙をぬぐって鼻を啜っていると、ばたばたと足音が聞こえてきた。音のほうに目をやると、校舎に繋がるその扉が思い切り開かれて、その音の主は姿を表した。

「あれー名字さんだー!」

「菊丸くん…」

「こんなとこで何やってんのー?…って、俺もしかしてお邪魔しちゃったかにゃ?」

顔をあげた私の涙のあとに気付いたのか、少し焦ったような顔をする菊丸くんの言葉に大丈夫だよと首をふってみせた。これはもしかしたら神様が与えてくれた最後のチャンスなのかもしれない。高校は別々のところにいっちゃうから、きっと今までみたいに見てるだけもできなくなるのだ。それならせめて伝えたいと、あのね、と口を開いたと同時に菊丸くんも声を出した。

「あ、ごめん、お先にどーぞ!」
「あ、ううん、菊丸くんからいいよ?」

「そーお?そんじゃ、あのね、


名字さん、俺のことすき?」

え、と言葉を発して固まった私の前で、菊丸くんはあー違う違う今の無し!なんて顔を真っ赤にして慌てている。無し、って、無しにする前に状況が飲み込めないよ!えっとね、あのね、なにやら言いかねている菊丸くんのその言葉に続くのは何なのか、どんどん大きくなっていく心臓の音が聞こえませんようにと念じながら待つ。

「あのね、俺、名字さんのことがすきだよん」

「え、」

何言ってるの菊丸くん、多分そんな顔をしていたんじゃないかと思う。だって、おかしいよ、私には幸運なことに、中学三年間同じクラスだったけれど、話したことは数えるくらいしかないし、すきになってもらえる理由が見つからない。確かそんなことを混乱しながらも早口でまくしたてると、返ってきた言葉は、だって名字さん俺のこと見ててくれたでしょ、って。

「なんかね、見られてんなーって思ってて、たまに目があったら慌てて目反らしたり、俺が笑ってるとつられて笑っちゃってたりすんのが可愛いなって。気付いたら俺がその子のこと目で追っかけてた。

「したらね、その子、頑張りやさんで、皆が嫌がるようなこともちゃんとやってて、ああ、すごいな、って思って、

「いつの間にかね、

「好きになってたよ。」

ぎゅうっと抱き締められた菊丸くんの腕の中でその言葉の意味を頭が理解したと同時に、ぼろりと涙がこぼれた。名字さんの話は、何?おでこをこつんと合わせて信じられないくらい近くに菊丸くんの顔があって、まんまるした目は真っ直ぐに私を見ている。

「…っあのね、わたし、も、ずっと、ずっと……すき、だったよ!」

つっかえながら発した言葉はきちんと菊丸くんの耳に届いたようで、昔から変わらないあのきらきらした笑顔を見せた菊丸くんは私の涙をぬぐった。ねえ菊丸くん、何年分のわたしの気持ち、ゆっくり君に伝えるね。



(20170806)




.
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -