「かみなりさーん!」

語尾がきゅっと上がった高めの声。この声が俺の名前を呼ぶのを、もう何度聞いただろうか。

「今日こそお茶に誘われにきました!」

にこにことした笑顔から発せられる言葉は、ともすればかなり傲慢にも取れてしまいそうだけれど、彼女のこの人好きのする笑顔がそれを緩和する。

「…名字さん、せっかく来てもらったとこ申し訳ないんだけど、俺今から仕事なの。」
「えー!?でもこの間おやすみ聞いたら今日だって…。」

驚いたような表情に加えて、つんと突き出されるくちびる。八の字にへたった眉毛は、あからさまにかわいい。あざといを体現するくらいかわいい。ていうかこの子、出会った時はこんな顔出来るような器用な女の子じゃなかったと思うんだけど、ここ最近の所謂小悪魔的な方向への著しい成長は、どうしたもんだろう。いやもう俺は根っからの単純な男なので、可愛くされては、困るのだ。いや、好きって言われて揺らがない男なんて正直男としての諸々を疑うよね!?
まあそれでも大人になった俺は、そこを抑える自制心というものを持ち合わせているわけで。高校生の俺だったら舞い上がってへらへらお茶に誘いまくってたかもしれないし、今の俺に対して「チャンスを逃すなよ!?」って信じられない目をしてきそうだけれど。うるさいぞ、昔の俺。いやだって、ファンに手を出すヒーローって、流石にどうよ。

「そ。おやすみだったんだけど、急遽お仕事になっちゃったんだよなあ。ほんっとごめん!」
「……。」
「あ、その顔は疑ってるでしょ!?いやマジマジ、今から事務所まで行って、今日はパトロールなの。」
「…しょうがないので信じてあげます。次こそ絶対、ですからね!」
「はいはーい。また今度、な?」

期待させるようなことするなよ、と、赤い髪の目立つかつての同級生は言うだろうか。モブの相手してる暇ねんだよ、と、いつでも両目を吊り上げていたあいつも俺を馬鹿にするかもしれない。いやいやでもこれも立派なファンサービス。人気商売なヒーローなのだ、好いてくれる人を大切にするのは大事なことだと、俺は思うわけで。そんな風に考えながら「じゃ、きーつけて帰りなね。」と。そう言って、笑いながら彼女のまるこい頭をぽん、と撫ぜてみたならば、みるみるうちに彼女の顔が真っ赤に染まる。それはもう、先ほどまでの飄々とした態度が消え去るように。なぜだか固まって動かなくなってしまった彼女の顔を覗き込んで、「大丈夫?」なんて聞いてみるけれど、どうやら逆効果だったみたいで、

「えっ、あ、あの、だ、だだ大丈夫!です!大丈夫!…って、うわ、近い!ううう、もう、上鳴さんが頭なんか撫でるから、うまく出来てたと思ったのに…!」
「うまく出来てた?何が?」
「雑誌に書いてあった男の子のキュンとする小悪魔仕草を、……って、うわああ、いや、なんでも!なんでもないです!もーーー!……ま、また、会いに来ます!お仕事頑張ってください!!!」

真っ赤な頬を両手で抑えながら、ぐるぐると目を回してテンパる姿は、上鳴の知っている、出会った頃の少女の姿を思い出させる。「好きなんです!」と、そう言って俺に可愛くラッピングされたプレゼントを渡して来た、あの日の彼女に。

「…まーじか。」

勢いで言葉をまくし立てて、ぴゅーっと走り去っていく彼女の後ろ姿を見ながら、俺は口元のニヤつきが抑えきれなかった。
つまり、ここ最近雰囲気の変わった彼女は、俺に好きになって貰うためにモテる女の子というものを研究して、実践していたけれど、俺に触れられてそれが保てなくなったと、そういうことですか?いやそれはちょっと、あまりにも可愛いんじゃないでしょうか。誰にも届かない言葉を心の中で問いかけて、口元を抑える。男は単純な生き物なのだ。その中でも、特に俺は、きっとそう。

ファンに手を出すヒーローは、あんまりよろしくないかもしれないけれど、好きになった子がたまたまファンだった。それならまあ、許されちゃうかな?


(20170703)




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