神童くんにジャージを貸してもらってから数日がたった。あの日は金曜日だったので土日で洗って返そうと思い、月曜日である今日に持ってきた。慣れない手付きで畳んで袋に入れたジャージは少し不恰好だったけど、やっぱり借りたのは自分だから自分でやらないと意味がないと思い母の手は極力借りなかった。でも洗濯機の使い方がいまいちわからなくて、それだけは母にやってもらったのだけれど。
しかし持ってきたはいいけど、なんとなくタイミングがわからなくて昼休みの今になっても返せない自分がいた。それどころか神童くんを見ると顔が熱くなって胸の辺りがぎゅっと苦しくなり、上手く喋れなくなるのだ。今まで生きてきた中でそんな経験はしたことが無かったし、ひょっとしたら何か命に関わるような重病かもしれないと考えると授業どころでは無かった。神童くんが相手の時だけ起こるのもおかしいと思い、神童くんと同じサッカー部で、最近仲の良い倉間と一緒にお弁当を食べつつ今までの経緯と私の症状について話してみた。
「…っていうことがあったんだけどさ、倉間はなんだと思う?」
「んなこと知るかよ」
「ひ、酷いな!もう少し真剣に考えてよ!」
私が話している間彼はずっとメロンパンを頬張っていて聞いてるか聞いてないか少し不安だったけど、それは杞憂に終わったようだった。しかし聞いてくれていたとしても答えがそれでは話した意味がない。私はこれがなんなのか気になって仕方がないのだ。私はもう一度彼に訴えかけた。
「頼むよ倉間!帰りに餡まん奢るから真面目に考えて!」
「めんどくせえから断る」
「あーもー倉間のケチ!チビ!コーヒー豆!」
「誰がチビだ誰が!!」
「私の目の前にいる倉間って人ですけどー?」
「お前だって身長そんなに変わんねえだろ!」
「倉間よりは高いですー!」
「たったの2センチだろうが!」
「その2センチの差が大きいことを一番知ってるのは倉間でしょ!」
「うるせえな!絶対抜かしてやるからな!」
「はいはいいつになることやら」
「お前さっきから聞いてれば生意気に…!」
「お前らは相変わらず仲が良いなあ」
私達がいつもと同じく言い合いをしていると誰かが倉間の言葉を遮ってきた。いつもならここで浜野と速水が止めにかかるけど今日は委員会で居ないから止める人は居ないはず、と思い声がした方向に顔を向けると、そこにいたのはつい先程まで話題の渦中にいた彼だった。
「しっ、神童くん!?」
「神童。何か用か?」
「あぁ、天馬に倉間を呼んできてほしいと頼まれたんだ」
そう言ってドアのところに立っている天馬くんの方へ顔を向ける神童くんを見ていると、やっぱり顔が熱くなって胸の辺りがぎゅっと苦しくなった。どうしようかと倉間を見れば、彼がジャージの入った袋と私を交互に見ている事に気が付いた。それを見てこのチャンスを逃すわけにはいかないと思い、私はひとつ深呼吸をしてから意を決して神童くんに話し掛けた。
「神童くん、あの、」
「どうしたんだみょうじ?」
「これ、ありがとう!凄く助かったよ!」
「そうか、なら良かった」
頑張って言い切ってジャージを差し出すと神童くんは笑顔で受け取ってくれて、それを見て更に心拍数が上がった気がした。どうしよう、やっぱり私は病気なのかもしれない。ぎゅっと汗ばむ手を握り締めた。
「それじゃあ俺は先生に呼ばれてるから行くな」
「ま、またあとでね!」
「あぁ」
神童くんが去っていく後ろ姿を眺めながら、私はさっきから煩すぎる心拍数をどうにか抑えようと机に突っ伏した。倉間はそんな私を見てひとつ溜め息をついてから席を立った。なんだか幸せだ。帰り道にお礼として、倉間に餡まんをプレゼントしよう。
幸せの余韻に浸っていた私はすっかり忘れていた。倉間を呼びに来た彼が一部始終を見ていたことを。