ピピピピピという無機質な時計の音で目覚めた。意識が覚醒していくにつれ思い出したのは真っ赤に染まった道路と急に目の前から消えた先輩。ヒヤリと背筋が凍ってガバッと起き上がりポケギアで日付と時刻を確認した。

「…8月14日、12時03分…?」

先輩が轢かれたのは、8月15日のお昼だった筈。どういうことだ…?つまりあれは

「…夢…?」

だとしたらとんだ悪夢だ。ダークライでもあんな悪夢見せないと思う。僕は不安になって先輩に電話をかけた。

『…なに、こんな夜中に…』
「先輩!生きてる!?」
『はぁ?ヒビキったらついに頭おかしくなった?…ふぁーあ…』

電話口から聞こえてくるのは紛れもない先輩の声で、いつもの悪態をついてあくびをしている。良かった。やっぱりあれは夢だったんだ。

「いやぁ急に先輩が恋しくなったんで!つい電話しちゃいました!」
『…恋しくなるのは構わないけど時間考えて電話してよね』
「あはは、すいませんでした!それじゃあまた明日!」
『んーおやすみー』

電話を切ってポケギアを枕元に置いた。質の悪い悪夢だ。ほっとしたらまた眠気が襲ってきて、僕はもう一眠りしようと目を閉じた。

***

「あ゙ーづーいー!」
「ほんと暑いっすねー…ちょっとなまえ先輩アイス買ってきてくださいよ、もちろん先輩の奢りで」
「断る。なんで私がヒビキにアイス奢らなきゃいけないのよ…うあ゙ー暑いーとけるー動きたくないー!」
「かわいい後輩の頼みッスよ!?いいんスかスルーして!!」
「どこにかわいい後輩がいるんだろう少なくとも私の視界にはいないよ」
「先輩ひどい」

茹だるような暑さの中、暇な僕達は小さい頃にコトネとよく遊んでいた公園に来ていた。ベンチに座り時計を確認すると12時32分。ちょうどいちばん暑い時間帯だ。なまえ先輩は草むらから出てきた本来ならジョウトにはいない筈のエネコを抱き上げてもふもふもふもふ、エネコが嫌そうな顔をするぐらい撫で回していた。ちょっとエネコが羨ましいとか思ったけど絶対口には出せない。馬鹿にされるにちがいない。

「やっぱり夏は嫌いだな…」
「じゃあなまえ先輩は冬が好きなんスか?」
「やだよ冬寒いもん」
「結局どっちなんスか…僕は夏好きッスよ!アイスにスイカにかき氷に…」
「えー食べ物ばっかりじゃん」
「食べ物以外もありますよ!海にプールに花火大会にお祭りに…」
「お祭りかあ…。ヒビキ、今年の夏祭り一緒に行こっか」

先輩からそんな提案が出されるなんて珍しいことで、僕は一瞬「雪でも降るんじゃね?」と考えたが先輩の気が変わらないうちに返事をしようと、わたわたしながら「はい!」ととびきりの笑顔で答えた。先輩はエネコを撫でながら「絶対だからね」と言って微笑んだ。

「お祭り楽しみだね」
「そうっすね!ほら、夏は楽しいことたくさんあるんですよ先輩!」
「うーん…でもやっぱり夏は嫌いだな」

なまえ先輩がやけに真剣な表情でそう言うと同時にエネコが先輩の腕から飛び降りて、出口に向かって一直線に走っていった。先輩は「あ、待って私のエネコちゃん!」と言いながらだるそうにベンチを立ち、エネコを追っていく。

…あれ、おかしい。この光景どこかで見た。そうだ、あの悪夢だ。このあとなまえ先輩はエネコを追い掛けて飛び出した信号でトラックに、

「…ヒビキ?」
「…えっ、あっ、すいません先輩」
「いや全然構わないんだけど…どうしたの?」

頭で考えるより先に手が出ていて、僕はいつの間にかなまえ先輩の腕を掴んでいた。ふと視線を道路に向けると夢に出てきたあのトラックが猛スピードで走り去っていった。びっくりした、これが正夢ってやつか。

「…なまえ先輩、今日はもう帰りましょう」
「え?帰るの?あんなに出掛けたがってたヒビキが?」
「…夏は怖いんスよ、先輩」
「ふーん。わかった。あ、じゃあ帰りにアイス買っていこうか!もちろんヒビキの奢りで!」
「…今日だけですよ」
「まじで!?やった!」

じゃあ行こっか、と微笑み公園から出ていく先輩を小走りで追い掛けて肩を並べて歩き出した。そうだよ、このまま先輩の家まで行けば先輩が死ぬことは無いんだ。

「何奢ってもらおうかなー!ハーゲンダッツにしようかな!」
「ちょ、100円以下でお願いしますよ!ガリガリ君とか!」
「え!?何それすっごく限られるじゃん!」
「子供の小遣いなめないでください!」
「なんだよー、せっかく高いの買わせてやろうと思ったのに!」

いつものようにちょっと意地悪ななまえ先輩はいたずらっ子のような笑顔を浮かべ笑っていた。先輩の笑顔を微笑ましく思いながら見ていたら、僕はすれ違った人が上を向いて何かを見ているのに気が付いた。飛行船でも飛んでるのかと思いながら周りを見るとほとんどの人が上を見ていて、僕も上を確認しようとした、のに。

「…?ヒビっ、きっ」

僕の左横に何かが降ってきて、ぐちゃりと嫌な音を奏でながら地面に落下した。僕は頭に過った最悪の結末を信じたくなくて、ゆっくりゆっくり先輩が居たはずの場所に目を向けた。

「せん、ぱい…?」

それはあまりに惨たらしい光景だった。さっきまで僕の左隣に笑顔を振り撒きながら歩いていた先輩はそこにいなくて、僕が恐る恐る下を向くとそこには背中からお腹にかけて鉄柱が貫通した、無惨ななまえ先輩の体が倒れていた。僕はぐらりと酷い目眩に襲われて立っていることが出来なくなり、先輩の横に倒れ込んだ。誰かの悲鳴が聞こえて、僕を必死に起こそうとする男の人の声が聞こえて、救急車のサイレンの音が聞こえた。全ての音が靄がかかったように遠くで聞こえた。意識が飛ぶ前に見えた先輩の表情は、なんとなく笑っていたような気がした。


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ちょっと前にうだうだ書いてたんですが、長くなった上に力尽きたのでボツになりました。ここまで書いて削除は勿体無かったのでこっちに載せました。貧乏性が滲み出てる感が否めない。


2012.04.03

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