「お前、爪が伸びて来たんじゃないのか?」

大きめのソファーでいつも通り家で何気なしに本を呼んでいると、お兄ちゃんは手首を掴んできた。
彼はたしか隣に座ってテレビを見ていたはずだが、今はもう私の指の方を真剣に見つめている。むしろ、見つめているというよりは食い入るように見ていると言った方が正しいか。

「ほんとだ。最近そんな暇無かったから」
「でもすごく伸びてると、結構生活に支障でないか?」
「伸びてるとネイルしやすいんじゃない??」

わざとらしく言ってみると、お兄ちゃんはあのなあ、とため息をついた。そんなことを言いながらも、手はつかんだままだった。

「ネイルなんてするような性格じゃないだろ」
「でも私はそれなりの年頃の女の子だよ?そのうち化粧とかし始めるかもね」
「お前がけ、化粧!?」
「今はまだやりたいと思わないけど、そのうち好きな人が出てきたら…」

化粧し始めるんじゃないかな、そういうはずだった言葉は飲み込んでしまった。

いつのまに持ってきた爪切りで、お兄ちゃんに爪を切られていたからだ。
ぱちんぱちんと爪が切られていく音がやけに不気味に聞こえた。

「ちょっと、お兄ちゃん」
「いいから、じっとしてて。今切ってやってるんだから」

そしてそのままされるがままに両手分の爪を切り終わると、お兄ちゃんは満足そうな顔をして、私の手を見つめていた。

「うん、だいぶ綺麗に切れたと思うよ」
「切ってもらっといて言うのもあれだけど、急にされるからびっくりしたよ、もう」
「でも強引にされないとお前はやらないだろ?」
「そうだけどさ…」
「だけど、ほんとに、お前は綺麗な指をしてるな」

急にトーンが落ちた声がして、顔をあげると、まるで壊れそうなものを扱うような手つきで、手をなぞっているのが見えた。
触られているような、触られていないような中途半端な感覚が、気持ち悪く感じた。

「色も白いし、お前に触れられる奴が羨ましいよ」
「い、やだ、」
「何が嫌なんだ?」

まるで拒絶するのは許さないと言っているような目から視線が動かせない。そしてその間にも指をなぞっていく感覚は消えない。

「でもまあ、わかってると思うけどお前は誰にも渡さないし、」

手の甲にぴりりとした感じがしたけれど、私はもう見ていられなくて目を閉じた。
お兄ちゃんが私のことを好きなのは知っているし、私もそんなお兄ちゃんが好きなのは自覚している。だけど、まるで自分の欲求を自分にぶつけているだけのような気がしてならなかった。

「お前も、俺の元から離れたくないよな」

優しくて、でも耳にまとわりつく声にうなずいた。
130505