「…名前殿、…名前殿!」
「まだ眠いからそっとしておいてくださいな」
「こんなところで寝ちゃったら、もう夜なんだし風邪ひくって!ね?」
「なんで私なんかに構うんですか…馬岱殿、私は自分で起きられるので大丈夫です」

辺りが暗くなった外で少しの間本を読もうと思って、木のたくさんある庭へと出たのは良かったのだが、私はぐっすり寝ていたらしい。馬岱殿が起こしにやってきた。私は目を閉じたまま、なんとかやり過ごそうと思っていたのだが、ふと体が持ち上げられるのを感じた。

「いっ!」
「まだ起きないつもり?」

馬岱殿はいつの間にか私を抱えていたのだ。いわゆる、お姫様抱っこだ。私はびっくりして、馬岱殿の顔を見ることしか出来なかった。それなのに、彼はにこにこしながら話を続ける。

「軽いねぇ、名前殿!もっと食べないとだめだよ!」
「おっ、降ろしてくださいな!恥ずかしいです…!」
「さっきまで俺の言うこと聞いてくれなかったからねぇ、名前殿の部屋まで送らせてもらうよ」
「…」

彼の腕で暴れる訳にもいかず、かと言って反論も出来ずに、仕方なく送られることにした。
彼がひたひたと歩くと、ゆらりゆらりと揺れた。体に触れている腕は、思ったよりしっかりしていて、たくさんの戦いを生き抜いてきたということを感じた。ふと、頭上から名前を呼ばれたので、顔を上げた。

「名前殿、誰かこっちにくるみたいだよ」
「えっ、じゃあ今すぐ降ろしてください!」
「うん、分かった!」
「えっちょっといきなり…!」

彼が言うやいなや、ぐらりと体が下に落とされる気がした。そんな、いきなり!私はとっさに彼の首に手を回した。しかし、降ろされる気配がない。ついでに誰も来る気配もなく、彼の、ぐえっという奇妙な声だけが聞こえた。

「名前殿…くび…締まっ…ちゃう」
「えっ、あの、すみません!」

ぱっと手を離すと、馬岱殿はまたいつもの表情に戻った。何がしたいのだろう、全く分からない。

「びっくりさせようと思ったのに俺がびっくりしちゃったよ〜」
「すみません…」
「あ、名前殿の部屋ってここ?」
「あっ、ありがとうございます」

馬岱殿はゆっくりと私の体を降ろし、それじゃあ、と言った。私もお礼の言葉を言うと、自分の部屋に入ろうとした。が、腕をぐっと寄せられて、また彼の前へと引っ張られた。

「ごめん、忘れ物だよ」

彼は少し屈んで本を差し出してくれた。私はそれを受け取って、彼にまたお礼の言葉とおやすみなさいを言った。彼もおやすみを言って帰っていった。

自分の椅子に座って続きを読もうと本を開くと、紙切れが入っていた。そして見慣れた字に、私ははにかんでしまった。
110726