※ちょっと注意




さくさく、土を踏みしめる音が虫の鳴き声に混じる。名前は花の咲いているところまでくると、かがんで手を伸ばした。
月夜に照らされて浮かび上がるその花は、凛と咲いている。とても綺麗だ。でも、周りに少し石が入り込んでいるから取ってあげなきゃ。私は石を触ろうとした。

「あっ…!」

どうやら尖っているところを触ってしまったらしい。右手の人差し指から血が少し流れてしまった。でも、石は取ってやらないと。私は反対の手で石を取ってやった。
ふと、自分に覆い被さる影を感じた。誰か来たのだろうか。私は顔を上げた。

「やっぱり、名前か」

少し笑って見せた彼は清正だった。私は相手が清正で良かったと思った。三成にでも会ってしまったら呆れられて自室に引きずられるし、正則は五月蝿いから、せっかくの雰囲気が台無しだし。私は立ち上がったが、すぐにはっとして、右手を後ろに隠した。

「こんな時に会うなんて」
「ちょうど夜風に当たろうと思っていたんだが、お前らしき人が見えてどうにも気になったからな。何してたんだ?」
「この花が綺麗だったから、周りを整えてたの。それだけ、なんだけれど」
「そうか…」


しばらくの沈黙。彼は立ったままじっと花を見ていた。しばらく自分はどうするべきか考えていたけれど、自室に戻ろうと彼に声をかけることにした。

「清正、そろそろ私自室に―…」
「名前、右手を見せてくれないか」

清正は少し私の方へ歩み寄って手を差し出した。彼にはお見通しだったみたいだ。私は恐る恐る右手を差し出した。血はまだ止まっておらず、このような手を見せて良いのか不安だった。

「白くて細くて綺麗な手だな」

彼のしっかりした指が、月夜の光を浴びた私の手を触った。そして、まるで割れ物を扱うかのように、ゆっくりなぞった。

「き、清正、くすぐったい」
「…本当に綺麗なんだな」

そうしているうちに、清正は血の流れてしまっている人差し指を眺めた。私はどうして良いか分からずに清正を見た。すると彼は、私の手を口元に持っていき、血の付いたところを舐めた。

「んっ…!」

情けない声が出た。しかしそれにもかかわらず清正は丁寧に血を舐め取ってしまった。あまりのことで、自分の頬が赤く染まるのを感じた。そして、右手もふるふると震えてしまっていた。口元からちらりと見えてしまう彼の舌が、指の感覚を奪っていく。清正はようやく口元から手を離したが、私の手を持ったまま、頬を赤くしていた。まだ彼が手を握っているので、彼の熱を感じることが出来たが、びっくりするぐらい熱があった。さらに俯く清正を見て、私は体中の熱が上がるのが分かった。

清正の左手が伸びてきた。そして、私の頭をくしゃりと撫でる。照れ隠しなんだろうか。でも右手は私の手を持ったままだ。ふと、私の右手が引っ張られて清正の胸板へと押さえられた。

「すまない、少しの間静かにしてくれ」

頭上から聞こえた声に顔をあげると、清正は顔を横に向けた。何があるのだろう。
少し顔を傾けて確認して、すぐさま引っ込めた。そこには、私の兄がいたからだ。

「こんなところで何をしている、清正」
「夜風にあたりに来ただけだ。三成、お前こそどうしたんだ」
「俺はちょっと寝られなかっただけだ」
「そうか」
「ついでに名前のところに行こうとしたが居なかったからな。ここらへんにいそうだと思ったが…」
「さぁな、生憎俺は見てない」
「そうか。…ほどほどにしておけよ」

足音が去っていき、ようやく清正は離してくれた。ずいぶんと長い間握られた右手は、まだどくどくと脈打っていた。

「名前」
「はい」
「さっきは、すまなかった」
「ううん、そんなこと無いよ。本当は、嬉しかった」
「それは、期待して良いのか?」

清正の言葉に、私ははにかんでみせた。きっと私の気持ちは清正に分かったはずだ。清正は微笑んで、去っていった。その後ろ姿を見つめていると、先ほどのことを思い出して、また熱が集まってくるのが分かった。それを冷ますかのように、夜風が私をすり抜けた。
110708