※学生設定









目の前の真っ黒い記号と格闘する私は、かれこれ二時間ぐらい、静まり返った図書室にいた。他の生徒は身支度をして、帰って行った。もうそろそろ行かなきゃ。でもまだこの問題ぐらいは解いておきたい。その気持ちがシャーペンを動かしていた。あと一問で終われる、そう思った時だった。

「いつまでここにいるつもりだ」

呆れ顔の三成が隣にいた。いつも可愛げの無い顔なのに、今の顔ときたらとっても可愛げが無い。いや、男に可愛げを求めても意味が無いかなぁ。

「俺は委員会で遅くなるから帰ってろと言っただろう」
「でも私は待つって言ったよ?それにちゃっかり迎えに来て…」
「どうせここで宿題でもしているだろうと思ってな」
「ありがとね、三成。あと一問で終わるから」
「はいはい」

三成は隣の席に座った。それから、ぱたぱたと手で扇ぎ始めた。もうすぐ夏だから、じわじわと暑くなっていくのだろう。三成はすっかりくつろいで、私の回答を見ていた。

「暑い」


突然、三成は付けていたネクタイをしゅるりと解いた。私はすこしどきりとして、問題を解くのを止めた。彼が細い指先でネクタイを緩めて解くのが、とても色気づいているように見えてしまったからだ。解かれたネクタイは指に絡みついて、首元から離れた。どうしよう、なんだか熱が顔に集まってくるのが分かる。そんな私を見てか、三成はにやりとして、言った。

「そんなに見とれたか?」
「ば、馬鹿じゃないの?」
「嘘つけ」

それを良いことに、三成はじわじわ私との距離を詰めて行った。私は後ろに下がれなくなってしまい、さらにバランスを崩してしまって、三成と一緒に転んでしまった。
「わっ」
「阿呆」

ガターン!と、静かな図書室に響く音に目を瞑り、目を開けると、三成が上に覆い被さるような姿勢になっていた。これは、何てことだ。その音を聞きつけてか、先生の声がした。

「誰かいるのかー?」
「………」

この状態を見られてはまずい。私は体を起こそうとした。しかし、上にいる三成は、動くなと言っている顔をしている(と思う)。私はまた恥ずかしくなって、動くのを止めた。
しばらくすると、ガチャンという音がして足音が消えた。


「鍵…閉められたかもな」
「嘘!…って…それよりいつまでこの体制なんですか」
「喜んでいるくせに五月蝿い奴だな」
「ば、馬鹿!そういうの勘違いって言うんだよ!」

三成はしぶしぶ体をどけると、私を起こしてくれた。それから帰るぞ、と言った。

「鍵閉まってるよ」
「内側から開けれるだろ、普通に」

ガチャン、と音がすると鍵は開いた。三成と私は図書室を出たのだが―…

「誰だ!下校時間を守らん奴は!」

先生の怒鳴り声がした。見つかったら説教だ。三成は私の手を引いて走り始めた。そんな、急な。

「転ぶんじゃないぞ」
「が、頑張る」

あっという間に階段を駆け降りて、靴を履き、門まで走った。乱れる呼吸を整えて、三成を見ると、髪が無造作になっていた。三成も、よっぽど急いで走ったんだなぁと思うと、なんだか少し笑えてきてしまった。

「何笑ってる」
「いや、三成もこういうことで一生懸命になるんだなぁって」
「お前と一緒に説教受けたくなかったからだ、馬鹿」
「ありがとう、三成」

私が目を見て言うと、三成はそっぽを向いてしまった。大事なところをちゃんと決めない人だから、私はまた少し笑ってしまう。さっきの余裕はどこえやら。

「当たり前だろう」

隣を歩く三成は、また可愛げの無い顔になっていたけれど、私はこの人を気に入っているんだと思った。そして同じように彼も、私のことを気に入っているんだと、絡ませた指を握って、そう思った。
110522