幼馴染というのはとても複雑な関係である。幼い頃から一緒にいるが故に、家族のような感覚に慣れてしまって恋愛感情を抱いてはいけないという考えが出てきてしまう。
小さい頃繋いでくれていた手は離れて、再びつなぐことはためらってしまう。

その日はほとんど部屋の中で過ごした。
小さい頃は庭で、あの年上の三人組と遊ぶ毎日だったのになぁ、と思い出す。でも大人になるにつれて、彼らは戦う術を身に着けていった。自分は戦うことはできないので、女として必要な知識を身に着けていった。教えてくれていたのはおねね様だったけれど、彼らと何かをするという時間はほとんど無くなっていってしまったのが寂しかった。
部屋の一室に書物がたくさん置いてあるところから、借りていたものを読み漁るだけの一日だった。でも今日は今まで借りていたものは読み終わってしまったから、返しに行こうと夕暮れに部屋を出た。
冬ももうすぐ終わりそうなのに、夕暮れになると少し寒い。廊下を歩いていく足の先からひんやりと体の方へ伝わってくる。書物を抱えている両手がだんだんと熱を失っていく。早く行かないと体の芯まで冷えてしまう。

部屋について扉をぱたりと閉じると、そこには先客がいた。たまにおねね様がいることはあるのだが、そこにいたのは、三成だった。三成は書物をいくつか脇に抱えて、別の書物を選ぼうとしているところであった。

「あれ、三成さん」
「ああ、名前か…その、さんを付けるのはやめろ、居心地が悪い」
「なんで?もう昔じゃないからそこら辺の配慮っていうか、そういうのは弁えてるよ」
「それは大勢の前とか人様の前での話だ、今は違う」
「でもさん付けの方が慣れてるし」
「だが、」
「もう子供じゃないんだよ」

ごく自然に出た言葉だったのに、とても冷たい言葉のような気がした。三成も少し目を見開いたけれど、また書物の方へ目線を戻してしまった。「えっ、あっ、ごめん、冗談のつもりだったの、三成」
「別に構わないが。子供といえば、幼い頃は誰かの嫁になるとほざいていたのにな」
「ああ、そういうこともあったね」
「お前は今も、そう思っているのか?」
「えっ?」
「…清正のことだ。あいつはやけにお前に対して甘かったし、過保護だっただろう。それに、過保護というよりお前を、好いているようだったではないのか」
「さすがに今は…だってほら、小さい頃は軽い気持ちで言えるけど、いまだったら大事になっちゃうし」
「それを聞いたら、あいつのことは好いているがそれを本人には言ってはいけない、と言うようにも聞こえるが?」
「そう、かな?」

三成は私の返事を聞くと、こちらに向き直って、少しだけ距離を詰めて言った。

「本当にそうなのか?」

その目が自分をじっと見て離さなかった。ほんの一秒、見つめあった後、三成は扉の向こうをちらと見てから、また目線を書物に戻した。

「あっ、最近の清正と正則は元気?」
「さぁな。最近顔を合わせていない」
「そっか、ありがと」

それから三成は静かに部屋を出て行った。
三成の去り際に、お仕事がんばってね、と言うと、ああ、とだけ残して行った。

書物を片付け終わり、まだ読めていない分の書物を新たに抱えてまた外に出た。さっきまでオレンジ色の空だったのに、今では空に濃いブルーを染めたような空になっていた。
自分の部屋の近くまで行くと、その部屋の前でうろうろしている清正を見つけた。
さっきの話で清正のことがでてきたばかりなので、なんだか恥ずかしく感じた。でも、それを悟られないように自然な笑顔を心掛けて声を掛けた。

「あれ、清正、久しぶりだね」
「ああ、久しぶり、名前」
「私の部屋に用事だった?」
「話がしたくなってな。忙しいなら出直すが」
「もう部屋入っちゃうから、清正も寒いから中入っていいよ」
「いいのか?…他の男にもそう言ってるのか?」
「えっ…?」
「他の男にも、そう言って部屋に上がらせたりしてるのか?」
「そんなことないよ、それに部屋に来るなんてあと三成と正則ぐらいだし、」
「あいつらは入れたことあるんだな?」
「来るだけで入れたこと無いよ、本当に」

既に彼は私の腕を掴んでいた。力は込められているものの、力強くはない。そういうのが、彼の優しさなのかなとおかしなことを思った。

「そうか」
「そうだ、話って何だったの」
「部屋の中、入ってからでもいいか」
「あ、うん。どうぞ」

扉を開けると、彼は私の片腕をつかんだまま部屋へ入った。そして、扉を閉めようと振り返ると、腕を引っ張られて無理矢理抱きしめられた。扉はもう閉めてあった。

「もう駄目なんだ、俺は」
「ねぇ、清正、苦しいよ」
「もう幼馴染は嫌なんだよ」
「うん」
「ずっと前から、お前が好きで好きで、どうしようもなかった」
「うん」
「でも、結婚なんてできないし、第一お前に嫌われたらどうしようかと思って、ずっとずっと言えなかった」

そういうと、彼はやっと体を離してくれた。でも気が動転しているらしく、顔は真っ赤で、泣きそうで、それでも怒っているような、そんな顔だ。そんな顔を、消し忘れていた蝋燭の火はゆらりゆらりと照らす。

「だから、ずっと言わずに、結婚してもお前の幸せを見守ってやろうと思ってた」

本当は今すぐにでも、私も同じことを思ってた、と言いたかった。でも、目の前の彼は私の目を見て、たどたどしく言葉を紡ぐので、それを邪魔しては、と感じて黙って聞くことにした。

「でも数日も会わなかったら、誰かに取られるんじゃないかって気が気じゃなかった」

「なぁ、俺はどうしたらいい?」

「もういっそ、殺してやりたいくらいなんだよ、名前」

「誰かに取られるくらいなら、殺して手元に置いておきたいくらいだ」

「なぁ、名前はどう思ってる…」

そういうなり、肩を押されて床へと落ちた。持っていたはずの書物はバサバサと音を立てて散らばっていった。目を見るのが怖くて、横を向いたが、顎に手添えられて顔をむけさせられてしまった。

「私は、私も前から、好き」
「本当か?」
「うん、嘘なんてつかないよ」
「ありがとう、名前」

そういうなり覆いかぶさってきて、更に身動きが取れなくなった。清正は、私の耳に唇を近づけた。

「そういってくれて、良かった…もう絶対、離さないから」
「私の結婚話が決まったらどうするの?」

冗談のつもりで言ったはずなのに、耳の近くですさまじい音で床を叩くのが聞こえた。清正は上に覆いかぶさったまま、顔をゆっくりあげた。彼の顔は涙のような汗のような、雫が顔の表面を伝っている。

「そんなこと、誰がさせるかよ、 邪魔するやつは誰だろうと近づけない」
「結婚の話は冗談だから、落ち着いて、清正」
「冗談でも言っていいことと悪いことがあるだろ!」

また耳の近くで床が思い切り叩かれる音がした。とても大きな音だったから、周りの部屋にも聞こえたかもしれない。そうなると人が来るのも時間の問題だ。

「じゃあさっきの好きっていうのも冗談なのか?」
「違う、違うよ」
「じゃあ…じゃあ、もう俺のものにしてしまえば、誰にも邪魔されないんだな」

そう聞こえた後、上半身を起こされて口づけをされた。でも、優しい口づけではなく、貪るような口づけだった。舌もねじ込まれて、呼吸が追い付かない。それでも、清正はやめる気配は無かった。心の奥では、彼がそんなに思ってくれていたと、嬉しく思う自分に呆れた。

すぐに外が騒がしくなってきた。さっきの音で心配してきてくれたのか、おねね様の声や三成、正則の声が聞こえる。口づけを止めようとしない清正の胸板を軽く叩いて、離してくれるように合図するが、離す気配が無い。むしろ、顔が幸せそうな顔になっている気がする。みるみるうちに、背中に腕がまわって、後頭部を押さえ付けられてしまった。

足音がもうすぐ近くまで来た。
扉に影が写っているのが横目で見えた。

扉が開かれた時、ふっと蝋燭の火が消えた。
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