今日はお客様が来るから、あまり暴れないでね、とおねね様に言われた。なので大人しく自室に戻ろうとしたのだけれど、途中とある部屋からにゃおん、と呼ばれた気がしたので声の方へと向かった。にゃおん、という声は猫だろう。
>どこからか迷い込んで来たのかな…。しかしあの頭でっかちな堅物に見つかってしまったら猫さんの命が危ない。名前は忍び足でその部屋へ近づいた。
部屋の障子は開いていて、ちょっと顔を近付けたら部屋の中が覗けそうだ。部屋に猫さんしかいないことを祈りつつ、そっと部屋を覗いた。幸い誰もおらず、猫さんは日向ぼっこを楽しんでおられた。そしてたまに、あくびをする…とっても可愛い。しかし早く自室なり庭なり隠してあげないといけない。私は一度深呼吸をした。一気に部屋に入って猫さんを救出するのだ!

「よし、」
「何がよし、だ」
「ぎゃあああああああああごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「おい待て、騒ぐな。何も悪いことはしない」
「へ?」

肩をぽんと叩かれ、びっくりして悲鳴をあげたけれど隣には呆れ顔の男の人が立っているだけだった。見たことの無い人だ。三成とかの知り合いなのだろうか。その人は辺りをきょろきょろとして、もう一度私を見た。

「その部屋に何かあるのか?」
「えっ、いや何も…」

この男の人にも猫さんが見つかったら命が危ない気がする。私は何事もなかったように振る舞った。けれど男の人は納得がいかない顔をして、部屋に入ろうとした。

「あの、ちょっとその部屋には入らない方が…」
「どうしてだ?」
「今日おねね様がお客様が来るとおっしゃっていたので」
「おねね様…?ああ、確かに言っていたな」
「そうですよ…って!入っちゃだめです!」
「はぁ?」

必死に止めたら男の人はすごい嫌な顔をした。鋭い目がじっと私を見る。頭がぐらぐらする。だけど今は猫さんを何としてでも救わねば。
しかし足に何かの感触がして、にゃおん、と猫さんの声が私と男の人の間を通り抜けた。私は背筋がピンとなった。そして同時に猫さんを叱ってやりたかった。しかし猫さんは嬉しそうな声を出しながら、私の足にすり寄った。もちろんその男の人が見逃すはずがない。男の人はしゃがんで猫さんを抱き上げると、立ち上がって私を見た。

「なるほど、こういうことだったのか。お前の猫なのか?」
「いえ、声がしたので助けてあげようと思ったんです。あの三成に見つかったら大変だなぁって」
「三成、か…」

男の人は猫さんをずっと抱いていたけれど、私が首を一生懸命に上げて猫さんを見ていることに気が付いたのだろう、男の人はしゃがんで猫さんを下に下ろした。そして、縁側に座った。私も猫さんを抱いて、慌て隣に座った。

「あの、この猫さんのこと誰にも言わないでくださいね」
「ああ、あいつに言うのも面倒だ」
「ありがとうございます」

猫さんは私の膝で動き回った後、男の人の方へ向かった。男の人は嬉しそうに猫さんとじゃれあっていた。この人は、こんな顔もするのか…。

「そういえば、お前の名前は?」
「名前と言います、そちらは?」
「清正だ、よろしくな」

よろしく、と言われてもこれから付き合いがあるとは思わないし、何しろどんな人かまだ分かっていないので、私は頷くだけにした。ふと、猫さんが清正さんの腕をすり抜けて私の方へ飛んできた。私はびっくりして受け取ろうとしたが、猫さんは意外にも高く飛んで私の頭を通り抜けた。さらに猫さんを捕まえようとした清正さんがバランスを崩してこちらに倒れてきてしまって、まるで押し倒されたような姿勢になってしまった。清正さんのがっしりした腕が私の顔の横に置かれて、鋭い目がかち合う。決して腕を直視した訳ではないのに、視界に入るその腕にやたらどきどきする。清正さんの頬がじわりと赤らんでいくのが見えた。
猫さんはそんな私たちを見て、にゃおんと嬉しそうな声を出して歩いて行った。

「す、すまない…」
「いや、大丈夫です」

ゆっくりと起き上がったところで、清正さんと見つめ合う形になってしまった。そろそろ自室に戻らないと。私はそう伝えようと口を開けた時、後ろから聞いたことのある声がした。

「あなたはお客様なんだからじっとしてなきゃだめでしょう、にゃおんじゃないよ!」
「…にゃおん」

「…お、おねね様…」
「あれ、清正に名前!二人でいるなんて珍しいねぇ」

後ろを振り返ると、先ほどの猫さんを抱えたおねね様が不思議そうな顔をして立っていた。

「おねね様、まさかお客様って…」
「そう、この子だよ。可愛いでしょう」

にこにこして答えるおねね様を後目に、私は先ほどのことを思い出して顔から火が出そうだと思った。ちらりと清正さんの方をみると、彼もまた頬を赤に染めてそっぽを向いていた。

「あれ、二人とも顔が…なるほど、お邪魔虫は退散するね!」
「えっ、ちょっと…!」

おねね様はお客様を抱えたままスキップして帰ってしまった。そのお客様はまた、にゃおんと嬉しそうな声を出した。さて、この熱をどうしたものか。
110904