短編 | ナノ


そっちを食べるの!?


今日はもうやけ食いだ。

彼氏の家に遊びに行ったら女を連れ込んでヤってやがった。その場で別れたから元彼になるんだけど。「ナマエっ!違うんだ!!」なんて弁明しようする元彼に顔と尻に一発ずつ平手打ちをかまし、女の服は窓から外に捨ててやった。ちょっとだけ、スッキリ。ほんのちょっとね。

ひとりきりの家に帰ると急に悲しみと虚しさが襲ってきた。これはもうパーティーするしかない! 湿ってしまった気持ちを盛り上げるため、まずはビール。お酒を飲んでやけ食いしてあんな出来事一旦忘れよう。

お気に入りのピザをネットで注文し、到着を待つ。その間もお酒は進む。ストゼロもいっとこ。

ふわふわする。ピザ来る前にちょっと飲み過ぎちゃった。暑いし、苦しいし、先に着替えちゃお。ぱさり、ぱさり、と一枚ずつ脱いで行きショーツ一枚になったところで、ショートパンツとタンクトップを着た。

ボーッとしながらテレビを見ていると、どうやらラブストーリー的な映画が流れている。愛し合う男女、紆余曲折あって結ばれました、って。現実はそう甘いものじゃない。

ピンポーン

来た!
さ、早く食べてお腹いっぱいになって忘れよう。「はーい」と間延びした声で返事をしながら玄関を開ける。

「お届けですよ、と」

そこには配達系の人には珍しい派手髪のお兄さん。そのお顔は驚くほどにカッコいい。

「……どーしました?」
「あ、ごめんなさい、えっと、お金」

つい見惚れてしまい、お財布からお金を取り出すのにもたついてしまう。お兄さんにお金を渡す時、ちょっと手が触れた。なんだろう、ものすごくドキドキする。

「はい、これピザですよ、と」
「……あれ?」

思ったよりもピザの箱が大きい。私、Mサイズで頼んだんだけど、こんなに大きいもの?

「これ、サイズなんです? Mサイズ注文したんだけど」
「え? ……んと、あー。Lになってますね、と。あ、でも注文はMだから、まぁ、代金このままで受け取ってもらっていいすよ」
「え、あ、そうなんです? こんなに食べきれないなぁ」

その時。

ぐううううう

お兄さんのお腹の虫が大きな声で鳴いた。顔を見合わせてぱちくりしてから、どちらともなく、ふふっと笑いだしてしまった。

「お腹、空いてます? もし良かったら一緒にどうですか?」

普段ならこんなお誘いするはずないのに、今日は仕方ない。元彼の浮気現場に遭遇し、お酒も飲んでふわふわ。もしピザのお誘いを断られたってどうせもう会うこともないし。

お兄さんは値踏みをするように、舐め回すように私をねっとりと観察してから、

「そーゆうことならお邪魔するぞ、と」

ニヤリと口の端を釣り上げながらOKした。

「今日この配達で終わりだから、ちょっと上がりの連絡だけするわ」

そう言って携帯端末を取り出し、仕事場へ電話をし始めた。じゃあその間にピザをリビングに運んでしまおう。テーブルの上の空き缶たちをキッチンに持っていき、空いたスペースにピザを置く。取り分け用のお皿とナイフ、フォークもいるかな。

「勝手に上がらせてもらったぞ、と」

お兄さんが電話を終え部屋に入ってきた。見れば見るほどかっこよくて、今日の災難な出来事もチャラにできるような気分になる。

「狭いけどどうぞー。ソファ、座って」
「あーい」
「お兄さん、お酒飲む?」
「おー、飲む!」

ニカリと笑うお兄さんは随分と爽やかだ。そしてものすごく人懐っこい。なんだか懐っこい猫のようなその仕草にきゅんきゅんしてしまう。

「はい、どうぞ」
「ん、サンキュ」

お兄さんにお酒を渡して、私も隣に座る。お兄さんの付けている香水がふわっと漂い、ドキッとした。
ささ、お腹空いた! 熱々のうちに食べよう。

「いただきまーす」

箱を開け、カトラリーも使わずそのまま口に頬張る。うん、おいしい! チーズがとろとろで最高!

「随分うまそうに食うな」
「お腹空いてたからね」
「俺もいただきまーす」

箱からピザを取るのかと思いきや、その手は私の手を掴みそのままお兄さんの口元へ。

「へ?」

私の口から飛び出た疑問符と、お兄さんが私の食べかけピザを食べるのはほぼ同時だった。はむはむとピザを口の中へ運び、私の指に彼の歯が当たったところで、びくりと体が跳ねてしまった。

「お、お兄さん……?」
「レノ。名前な」

お兄さん改め、レノさん。いや違う、名前を教えて欲しかったんじゃなくて、まぁ、名前も知りたかったけど。そうじゃなくて、どうして私の指、食べてるの。レノさんは私の指についたピザソースを綺麗に舐めとったかと思えば、今度は薄く笑うと覗く犬歯が指に食い込む。

「んっ…」

私の指を甘く、時にちょっと痛く、噛んでくるレノさんと目が合うと、そこには欲情を孕んだ揺れるアイスグリーンの瞳。あれ、ピザ、じゃなくて、私が、いただかれちゃう、やつ。

「ナマエちゃん、あんまり乗り気じゃねぇの? そんな格好で誘ってきたんだから、ソーユウコトかと思ってたんだけどな、と」

伝票見たって言いながら私の名前を呼び、くすくすと残念そうに笑うも、指への愛撫は止まる気配がなくて。視線を絡ませながら、熱い舌で舐められ、ねぶられ、尖った犬歯で噛まれ。レノさんにそんな格好と言われ、ふと自分を見てみるとノーブラタンクトップにホットパンツ。これは、確かにソーユウコトをお誘いしてるかのよう。その気は全くなかったとは言えないけど、こんなことになるとは思ってなかった! 

「ダメ? 嫌ならピザだけ食べて帰るけど?」

ちゅっと音を立てて愛撫が止んだ。私の手、恐ろしいほどじくじくとした熱を持っている。

「あ……、レノ、さん。えっと、嫌、じゃない……」

私の決意の答えは尻すぼみに小さくなっていったけど、ちゃんと届いたみたい。レノさんの顔が近づいてきたから目を伏せると唇が重なった。まるでピザを食べるかのように、がぶりと。唇も、舌も、全部食べられちゃう。口蓋を食むように噛まれ、薄く開いた隙間からにゅるりと舌が差し込まれる。私のそれを探し当てると絡めとり、擦り合わせて。ピザの味、する。ゆっくり唇が離れると名残惜しそうに糸が伸び、しばらくしてぷつんと途切れた。

「初めてキスすんのがピザの味ってのもあれだな」

苦笑いしながらお酒を口に含むレノさん。ごくり、と飲み、もう一口含んだところでまたキスされる。お酒を口移しされ、こくり、こくりと少しずつ嚥下していく。口の端からこぼれたお酒が首筋へと伝う感触にふるっと体が震えた。

お酒を全部飲み切るとレノさんの舌がこぼれたお酒を追いかける。お酒でもそうだったのに、レノさんのせいでもっとふわふわしてる。

「あっ…、はぁ…ん」
「ナマエの声かわいい。もっと聞かせろよ、と」

舌舐めずりするレノさんにピザの代わりに美味しくいただかれ、私は熱々のピザを食べ損ねてしまった。その分、元彼なんかじゃ到底過ごせなかった熱々の夜を過ごせたから、良かったかな。

気まぐれなお兄さんと私の戯れはこれっきりに終わらず、続いてしまったのはまた別のお話。恋愛ってものは紆余曲折なくても結ばれることもあるらしい。

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