短編 | ナノ


大型犬にはご注意を


どうしてこんなことになってるんだろう。

ことの発端は、異文化交流ならぬ、他部署交流会。堅苦しい名前がついてるけど、ようは大人数の合コン。
普段、経理課の私は他部署との交流はほぼない。
何人か見たことのある人がいるものの、経理上の会話しかしないので、こういった場では人見知りを発揮してしまう。

「もう! 帰りたいって顔、してる」

今回誘ってくれた同僚が、私の眉間のシワを指差す。そんなに難しい顔してたかな。

「今日はね、普段絶対交流できないような人たちも来るんだって」

同僚がそっと耳打ちすると、入り口の方から、きゃあきゃあ聞こえてきた。何かと思って見てみると、そこには赤い髪とスキンヘッド。あ、あれは、タークスだ。

ミッドガル市民なら知らない人はいない神羅の総務部調査課、通称タークス。表向きはボディガードやソルジャーのスカウトといった仕事をしているらしいが、実はヤバイ組織だとの噂がもっぱらだ。

正直、関わりたくない。そう思っていたのに、なぜか二人はこちらの方へやってくる。

「ここ、いいか、と」
「…」

私の前にスキンヘッド、同僚の前に赤い髪。なんでここに座るの……。

「どうぞどうぞー! タークスの方も他部署交流会なんて来るんですね!」

同僚はテンション高く、赤い髪に声をかけてる。その度胸、今は控えてほしかった。

赤い髪はレノ、こっちがルード、と軽い自己紹介をし、神羅内のゴシップなどたわいも無い話をしていた。
タークスという、色眼鏡で見てたからなのか、普通に会話をする彼らを見ていたら、なんだか気が抜けてしまった。身構えすぎちゃったのかも。偏見で決めつけちゃ、いけないよね。気を取り直し、私も少しずつ会話に参加していった。

ほどなくして、他の女性社員に呼ばれ、二人は席を移って居なくなった。
次にやってきたのは、すでに酔っ払っているのか、どこの部署だか挨拶すらなく騒ぐ男性達。うう、苦手だ。

「あんまり飲んでなくない? ささ、飲もう飲もう」

お酒を渡され、飲まざるを得ない状況になってしまう。同僚も、そうだよー、飲みなよー、なんて、もう酔いが回っているみたい。

仕方なく、ちびちび飲んでいたら、突然、心臓がドキドキし始めた。あ、あれ。なんだろう…、ちょっと苦しい。飲みすぎちゃったかな、お手洗い行って少し酔いを覚ましたい。

「トイレ行ってくるね」

同僚に声を掛け、会場を後にする。しかし、心臓がドキドキするばかりではなく、フラフラする。なんか、おか、しい。

トイレに辿り着く前に歩けなくなってしまい、壁に縋るようにもたれかかる。すると、さっき私にお酒を進めた男性がやってきた。

「どうしたの? 具合、悪い?」

ニヤニヤした顔で近づき、介抱するように見せて、どこかへ連れて行こうとする。や、やだ、なんなの。動悸と息切れ、目眩が酷くて、言葉が出ない。こわい。

「そこまでだぞ、と」

後ろから聞こえたのはレノさんの声。バッと私から男性を剥がすと、襟元を掴みあげる。な、に。

「大丈夫か」

床にうずくまる私に声を掛けたのはルードさん。
言葉が出ない代わりに、首を横に振る。弱々しくも意思表示はできたと思う。

「……触るぞ」

突然襲う浮遊感に、きゃ、と小さな悲鳴。これは、ルードさんに、横抱きにされている。お、お姫様抱っこ……。
ただでさえ謎の体調不良に困惑してるのに、お姫様抱っこまでされてはパニックになってしまう。

はわはわしている私に気付いたのか、視線を合わせてくれる彼。

「恐らく薬を混ぜた酒を飲まされているはずだ。ひとまず処置室まで連れて行く」

「ルードぉ、その子任せたぞ」

男性を締め上げていたレノさんがこちらを向き。

「ルード、怖くねえから、大型犬だとでも思っとけよ、と」

笑いながら私に話しかけた。大型犬って、お姫様抱っこなんてするっけ。回らない頭では大して何も考えられず、だるい体を大型犬に任せてしまった。

処置室に着くとベッドに座らされる。はあはあ、と息が荒い。さっきまでの気持ち悪さがよりひどくなってる。

ガサゴソと薬品棚を漁り、これか、と取り出した白い錠剤。

「中和剤だ。飲めるか?」

コップに水を注いでくれて、錠剤とともに渡される。震える手で受け取り、いざ錠剤を飲み込もうとしても、口元まで痺れてしまい飲み込むことができない。ぱしゃ、水が零れる。

「効果が想定よりも強いな」

ゆっくりルードさんを見上げると、私の手から水と錠剤を取り上げて。なんと、自分の口に入れてしまった。

え、なんで、と口を開きかけたそのとき。

大きな手が頬を掴み上を向かされる。顔に影がかかったと思ったら、ルードさんの唇が私の唇に重なっていた。

薄く開いていたところから、ルードさんの舌が入りこんでくる。や、な、なんで。

「んぅ、」

ぬちゅ、と水っぽい音とともに、私の舌の上に、なにやら苦い物が乗せられる。それから水を送り込まれ、ゆっくりと嚥下する。薬、口移し……。

「いいこだ」

錠剤を飲み込んだことを確認すると、頭を撫でられた。でも、あれ、なんだろ、やっぱり、おかしい。

「……どうした」

もっと、したい。なんで、ルードさん、初めて会った人なのに、キス、してほしい、もっと、触って、ほしい。肩で息をする私を怪訝な顔で見るルードさん。
そして、熱を測るためなのか、私の首に手を当てる。

「あっ、」

わずかな刺激にすら、体がゾクゾクと反応しちゃう。やだ、こわい。

「もうすぐ中和剤が効くはずだ、耐えろ」

私の隣に座り、背中をさすってくれる。ルードさんから漂う、甘くてスパイシーなオリエンタルの香りが、頭を揺すってくる。がっしりと逞しい胸板にしなだれかかると、ルードさんが息を詰めたのがわかった。

肩に手がまわり、ぐいっと引き寄せられる。耳元にルードさんが近づいて、熱い吐息にびくりと跳ねる。

「実は、前から気になっていた。この状況は、少しまずいな」

くく、と楽しそうなルードさんは私の髪を掬い、口付ける。なんて、キザな、ことを。ルードさんの行動ひとつに、心が奪われてしまう。ドキドキするのは、薬のせいなの。

しばらく髪を梳かれ、薬の効果に耐えていると、だんだん苦しさが和らいできた。

「すみ、ません。ちょっと、落ち着いてきました」
「そうか、それは少し残念だ」

落ち着いた、と私は言ったのに、未だに髪を梳かすのを辞めないルードさん。

「あの……」
「もう大丈夫そうだな」

何事もなかったように、すっと離れる彼を、寂しく思うのは、なんでだろう。少し待っていろ、と処置室を出て行く背中を見つめていた。

「さて、帰ろう。送っていく」

戻ってきたルードさんの手には私の荷物。あとはレノがどうにかするはずだ、と帰宅命令が出たことを教えてくれた。

今回、タークスが参加していたのは、社内でおいたをする輩を排出するためだったらしい。あの薬を使って、女子社員を襲ってたんだとか。私もあと少しで被害者になっていたのかと思うと、今度は別の意味で震えた。

家まで徒歩15分の社員寮まで、ゆっくりと歩く。
その道中で、経理課で私を見かけたこと、一生懸命に仕事をしている様子が微笑ましかったこと、それで気になっていた、と告げられた。

いつの間に。ルードさんが経理課に来たらとても目立ちそうなのに、気付かなかったなんて。他にたわいもない話をしていたら、もう家に着いてしまった。もう、会えないの、かな。ちらりとルードさんを盗み見ると、ばちっと、目が合って。

「そんな顔をするな。……できれば、また会いたい。どうだろうか」

一歩、距離を詰められ、胸が高鳴る。寡黙な印象だったのに、また会いたい、なんてはっきりと、言うんですね。さっきから、振り回されてばかり。

「私も、会いたいです」

そう返すと、そうか、とサングラスを押し上げる。あれ、ちょっと照れてる。そんな彼が可愛くて、ふふ、と笑いがこぼれてしまう。

途端、ニヤリと口の端を吊り上げて、不敵な笑いを浮かべる。

「次も、キスはしてもいいのか」

あ、あれは、キスでは、ないはず。錠剤を飲み込めない私を、手伝っただけ、なのでは。

「つ、次は、だめです……」
「そうか。じゃあ今ならいいんだな」

さらに、もう一歩、距離を詰められる。大きな体が腰を折って、顔を近づけてくる。だ、だ、だ、だめ。

「ま、待て!」

近づいた顔に手を当てる。犬にする、待て、のように。だって、ほら、レノさんが、大型犬って、言ってたし。

ム、と僅かに顔を顰めたルードさんは、顔に当たる私の手を上から握りこむと、目を合わせながら、ちゅ、とリップ音を立てる。

「わん」

好戦的な瞳。
これはやっかいな大型犬に興味を持たれてしまったのかもしれない。待て、なんて、いつまで効くのかな。大型犬の躾なんて、したことない!

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