門限は守りましょう
寡黙な彼は、その印象から、愛情表現も少なく淡白な人に見られることが多い。私と彼のことを知る友達にも、「付き合ってて楽しい?」と聞かれたことがある。これにはもちろん首を縦に振るけど、レノさんの方が刺激的な時が過ごせそう、とも。(彼女はレノさんのファンらしい)
しかし、実のところ、随分と私は彼に甘やかされてるし、心配もされている。
私だってもう十分な大人。それなのに心配性の彼からは門限を言い渡されている。強制ではなく、あくまでも「お願い」的な。
彼の可愛いお願いをいつもは割と守っている。確かに遅くまで出歩くのはあまり良いとは言えない。
でも、そんなお願いも、破らざるを得ない時もある。
それが今日。部署内での打ち上げ。とあるプロジェクトの成功を祝って、部署総出で宴会ときたもんだ。みんなで労をねぎらい、いろんな話に花を咲かせる。とても楽しい時間だったから、ルードからの着信に気付かなかった。
縁もたけなわと言うことで、そろそろお開き、そんな時間。「二次会行く人ー?」と声をかけられたけど、門限も破ってるし、今日は遠慮することに。
すると、後輩くんから、僕も二次会行かないので、一緒に帰らないか、とのお誘い。その目は、あれだ。きっと、お酒が入ってダダ漏れになってしまってる。期待、させてはいけない。
「ごめんね、ちょっと寄りたいとこあるし、一人で帰るよ」
「こんな時間に女性が一人でなんてだめです。ナマエさんの御用事、僕も付いていきます!」
こまったなぁ。ダメですか、なんて目をうるうるさせながら聞かれると、こちらが悪いことをしてる気分になっちゃう。
どう断ろうか考えていると、後ろから私の名前を呼ぶ声が。途端に胸が高鳴る。振り返ろうとした、そのとき。
「悪いな、送るのは俺の役目だ」
ぐいっと肩を引き寄せられ、ルードの逞しい腕に、胸の中に、すっぽりと収まってしまう。私の耳に口元を寄せ、発した言葉は、後輩くんへのあからさま過ぎるほどの牽制。
後輩くん、顔引きつってるよ…、ごめんね。「そ、そうですか、じゃあまた明日」と脱兎のごとく、その場を逃げ出した後輩くんには明日一応謝っておこうかな。
肩越しに顔を向けると、思いのほか近い場所に彼の顔があって、ドキッとした。
「ルード、彼、怖がってたよ?」
「……まあ、わかりやすくプレッシャーを与えたつもりだ」
やっぱり門限通りに帰らないとダメだな、なんて呟いてる。ふふ、心配症な彼はわかりやすい嫉妬もしてくれる。愛されてるなー、って、くすぐったくなるだけだ。
「何を笑ってるんだ」
「ルードって、私のこと、好きだなって」
くすくす笑いながらそう返すと、私を抱える反対の手で、サングラスをぐっと持ち上げるいつもの仕草。
「ああ、好きだな。ナマエが他の男に取られないか心配だ」
言うなり、ぎゅっと抱きしめてくれて、心の奥がほわっと暖かくなる。ルードはいかつい見た目とは裏腹に、とても繊細でランプの灯りのような暖かさを持っている。そんな彼の温もりに触れると、私の心にも灯りが移って、大切に、大切にされてるなって実感する。私だけが知る、彼の愛情表現。
「……帰るぞ」
抱きしめていたルードの腕が柔く解かれる。すかさず、今度は私が、ルードに向き直って、ぎゅっとくっついてみた。私の行動に驚いたのか、サングラス越しの瞳が開かれる。
「電話気付かなくてごめんね。私も、好きだよ」
ルードの目を見つめながら言うと、素早く唇が降ってきた。ちゅ、と軽く、一度だけ。
「今夜は寝れると思うな」
端正な顔が不敵に笑う。こう言う時のルードは、どこが寡黙なのか、と思うほど、口がよくまわる。
「続きは家で」
静かな獣が目を覚ましてしまったらしい。明日休みで良かった、なんて頭の隅で考えながら、この後起こるであろう刺激的な展開に胸が高鳴った。
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